薬にまつわるエトセトラ 公開日:2026.06.04 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第140回

猫の腎臓病治療薬「FeliAIM」とは?話題の新薬の効果と可能性

この4月24日、猫用の腎臓病治療薬「FeliAIM」の製造販売承認申請が行われ、話題を呼びました。猫にとって宿命ともいえる腎臓病の新薬として、画期的な効果が期待されるからです。
 
またこの薬は、創薬科学や医薬品産業の観点から見ても、なかなか面白い存在といえます。というわけで、今回はこの薬について書いてみましょう。

 

猫と腎臓病

猫は今も昔も人気のあるペットであり、その飼育頭数は全国で約915万頭に上るといわれます。近年では犬(約679万頭)を抑え、日本で最もたくさん飼われているペットになっています。
 
参考:犬の飼育数は減り…猫との差開く ペットフード協会|日本経済新聞
 
飼い猫の寿命は、室内飼いの猫で約16年、外出する猫で約13~14年とされます。この寿命に大きく関わるのが、慢性腎臓病です。腎臓は血液をろ過して尿を作り、老廃物や過剰な塩分を体外に排出する役割がありますので、その機能が低下すると尿毒症などの症状を起こし、進行すれば死に至ることにもなります。15歳になった猫の7~8割が腎臓病だとする報告もあり、その寿命に与える影響は深刻です。
 
猫の祖先は砂漠地帯に生息していたため、水をあまり飲まず濃い尿を排泄する性質があります。このため腎臓に負荷がかかりやすいというのが、猫に腎臓病が多い理由のひとつであるようです。
 
といっても野生の猫は、感染症やケガ、寄生虫などで早く亡くなるケースが多く、腎臓病になるまで生きていることは稀でした。しかし現代の飼い猫は、衛生・食事などの状態がよいため、寿命が延びて腎臓病が問題になってきてしまったわけです。我々人間が、各種感染症などを駆逐して高齢まで生きるようになったため、がんや認知症などがクローズアップされてきたのと、やや似た構図といえます。

 

腎臓病治療薬の登場

この腎臓病治療薬を開発したのは、AIM医学研究所の宮崎徹所長です。AIM(Apoptosis Inhibitor of Macrophage)は体内の老廃物や死細胞の清掃に関わる血中タンパク質の一種で、1999年に宮崎氏らが報告したものです。
 
AIMは、通常は免疫グロブリンの一種IgMと結合しています。しかし炎症や細胞死が起こると、AIMはIgMから切り離され、発生したゴミに結合します。これが目印となり、マクロファージなどの貪食細胞がゴミを食べて分解してしまいます。要するに、AIMは体内で発生するゴミの除去に不可欠なタンパク質なのです。
 
しかし、猫の場合AIMがIgMから離れにくく、このため他の動物よりも腎臓にゴミが溜まりやすい性質があるのです。こうして蓄積したゴミが、やがて腎臓病を引き起こすことになります。
 
そこで宮崎氏らは、猫に対して体外からAIMを投与してみたところ、生存期間が有意に延長されることを見出しました※1。病状の進行もストップし、全身状態も改善されたとのことです。
 
※1(論文リンク):A clinical impact of apoptosis inhibitor of macrophage on feline chronic kidney disease|ScienceDirect
 
このあたりについては、猫専門病院の院長である山本宗伸氏による解説※2があるので、詳しく知りたい方はご覧ください。
 
※2(参考リンク):あなたの獣医師がAIMについて冷静な理由|猫専門病院 院長 山本宗伸
 
山本氏の指摘にある通り、効果はかなりはっきり出ているものの、例数が少ないという問題はあり、今後新たなデータが出てくるのかもしれません。

 

待望の治療薬

FeliAIMの開発を行ったIAM CAT社には、半年で約3億円もの支援金が寄せられたとのことで、飼い主たちの期待の大きさがわかります。
 
参考:<独自>タンパク質「AIM」を使った腎臓病のネコ用新薬が完成、令和9年春にも実用化へ|産経ニュース
 
臨床試験では、2週間に一度のペースでの静脈投与が行われており、実際にもこうした形での投薬(動物病院での点滴などの形)になると思われます。価格については、類似の薬がほとんど存在しないため予測がつきません。宮崎氏は、価格はできる限り抑えたいと考えているとのことですが、タンパク質製剤であることもあり、製造コストはそれなりにかかっているものと推察されます。
 
またこのFeliAIMは動物薬であるため、管轄が厚生労働省ではなく農林水産省であるなど、人間用の薬とはいろいろな面で異なります。価格も基本的に自由であり、全国一律の薬価といった縛りもありません。ペットは家族の一員も同然だから、半年、1年と元気に一緒に過ごせるのならば、かなりの金額を投じてもよいという人は多いでしょう。これからどのような市場が形成されるか、予測がつけにくいところがあります。

 

AIMの展開

また宮崎氏らはこの5月に、AIMタンパク質は抗酸化作用を持ち、細胞を酸化ストレスから守ることも明らかにしました。こうしたことから、AIMは猫だけでなく、ヒトの腎臓病治療薬としての可能性が期待されています。当然、AIM医学研究所でもそうした展開を描いているところでしょう。
 
参考:AIMタンパク質に抗酸化作用 人間の慢性腎臓病治療に大きな期待―宮崎徹氏の研究グループ|時事ドットコム
 
こうした流れは、他のバイオベンチャーにも及ぶ可能性がありそうです。動物用医薬品は、人間用に比べれば臨床試験などのハードルが低く、それでいて有力な新薬を創出できれば相当の市場を見込むことができます。ここで得られたデータを、人間用の医薬へ展開する可能性も出てくるとなれば、動物薬の世界に参入する会社が今後も出てきそうです。そうした意味からも、FeliAIMの今後の展開は注目に値しそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。