薬にまつわるエトセトラ 公開日:2020.12.03 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第74回

ファイザーとモデルナの新型コロナワクチンの特徴と懸念

ヨーロッパを中心に新型コロナウイルス感染の再拡大が進んでいましたが、11月以降日本でもはっきりと感染者が増え始めました。すでに重症者がかなり増えており、より一層の警戒が求められる状況です。

有効性90%以上の2つのワクチンが登場

こうした中、一条の光ともいうべき朗報が届きました。11月9日、独ビオンテック社及び米ファイザー社が共同開発している新型コロナウイルスワクチンが、第Ⅲ相臨床試験で90%以上の有効性を示したと発表したのです(後のデータ解析で、有効性は95%へと向上)。インフルエンザのワクチンの有効性が、一般に50%程度であることを思えば、相当に高い効果といえます。

これを受けて、米大統領の座を争っていたトランプ、バイデン両氏とも祝福と喜びのツイートを発表しました。経済回復への期待から、日米欧で一斉に株価が上昇するなど、このニュースは世界を大いに沸き立たせました。

さらに16日には、米モデルナ社のワクチンも94.5%の有効性を示したと発表しました。まだ暫定的なデータではあるものの、3万人以上のワクチン接種者に対して発症例はわずか5人(プラセボでは90人)、しかも重症化した人はいないとのことです。両者とも今のところ安全性に関する重大な懸念はないとのことで、期待したくなるのも当然といえるでしょう。

これらは、mRNAワクチンと呼ばれる新しいタイプのワクチンです。旧来のワクチンが、病原性を弱めたウイルスなどを接種するのに対し、こちらは抗原となるタンパク質の遺伝子情報を持ったRNAを体内に送り込みます。このRNAが体内でタンパク質へと翻訳され、これが抗原として働く仕組みです。

mRNAワクチンはまだ承認を受けたことがなく、その有効性と安全性は全く未知数でした。しかし2つのワクチンがいずれも極めて高い有効性を示したことは、注目に値します。mRNAワクチンは、抗原となりうるタンパク質のアミノ酸配列さえわかれば作成が可能ですので、今後の新規感染症対策としても大いに期待が持たれます。

RNAは非常に不安定な化合物であるため、これらワクチンは低温で保管する必要があります。ただし、ファイザー社のワクチンは-60~80度で半年、2~8度では5日間保存可能であるのに対し、モデルナ社のワクチンは-20度で半年、2~8度では30日間保存可能とのことです(NHK NEWS WEB、2020年11月17日)。-60度という低温で貯蔵できる施設は限られますし、輸送でも問題がありますから、この点でモデルナ社のワクチンが一歩リードしたかもしれません。

とはいえ、現時点で万々歳とはいえないのは当然です。現状では、2度の接種から3ヶ月後までのデータが出たに過ぎず、その後の予防効果や副反応についてはまだわかっていません。現状では、朗報ではあるが過剰な期待は禁物というところでしょう。

ハードルを上げた?

最初から素晴らしい有効性のワクチンが出てきそうなのは喜ばしいことではありますが、このことによる懸念もないではありません。もしファイザー及びモデルナ社のワクチンが承認されたとしても、この2社だけではやはり生産能力は限られます。旧来のタイプのワクチン、他社製のワクチンも、これから出てきてもらわねばなりません。

しかし、新たに承認されるワクチンは、既存のものより何かしら優れた点があるものでなければなりません。ファイザー及びモデルナ社のワクチンは、このハードルを相当に上げてしまいました。

もちろん、有効性で既存ワクチンを下回っても、安全性の高さや効果持続期間の長さなどのファクターが勝るなら、承認される可能性はあります。ただし、これらの点ではっきり上回ることを統計的に示すためには、かなり多くの被験者数及び試験期間が必要になります。

すでに十分効果の高いワクチンがあるとわかっている中で、危険あるいは無効であるかもしれない新型ワクチンの臨床試験に参加する人がどれだけいるか――。特に、欧米に比較して感染者が少なく抑えられている日本では、被験者がなかなか集まらない可能性もありそうです。

ワクチンを打ちたくない人

いくら優れたワクチンができても、多数の人が接種しなければ流行は終わりません。しかし、この4~5月に米国で行なわれた調査では、新型コロナウイルスに対するワクチンを接種したいかという質問に対し、「接種しない」と答えた人が27%であったのに、9月の調査では49%へと増加しました(NHK NEWS WEB、2020年9月30日)。

日本でも、新型コロナウイルスに対するワクチンの効果や安全性について、「あまり信用できない」「全く信用できない」という回答が、合計32%にも上っています(日本経済新聞、2020年10月11日)。ワクチン不信は、相当に根深いということでしょう。

すでに、ワクチンの安全性に対する懸念を過剰に煽り、感染者の少ない日本ではワクチンは必要ないという論調の週刊誌なども現れています。優れたワクチンが出現したとして、その能力を十分に活かすためには、正しい情報も重要なファクターになりそうです。

※本稿に記載の内容は2020年12月2日時点の情報をもとにしています。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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