薬にまつわるエトセトラ 更新日:2023.03.03公開日:2020.10.06 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第72回

感染症はどのように終わるのか

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、一時期よりも新規感染者は減少し、重症化率・死亡率とも低下傾向が見えています。一般の市民も医療関係者も、このウイルスとの闘い方がある程度わかってきたせいか――とも思えます。ただ一方で、フランスやスペインなど流行が再燃している国もあり、とうてい油断をしていい状況ではなさそうです。

COVID-19が今後どうなっていくかは、まだまだ予断を許しません。その行く末を考える上で、今まで人類が経験してきた感染症の流行が、どのように終わったかを知っておくのは、意義のあることでしょう。

 

消滅した感染症

感染症が完全に消えてなくなったケースは、いくつか知られています。自然消滅したらしきケースの例として、15世紀から16世紀にかけてイギリスを中心に流行を繰り返した「粟粒熱(ぞくりゅうねつ)」があります。四肢の痛みと大量の発汗を特徴とし、発症後数時間で死に至ることもある恐ろしい病気でした。

しかし粟粒熱は、1551年を最後にぷっつりと姿を消します。きわめて進行が速く、死亡率の高い病気であるため、爆発的感染拡大が起こりにくかったと推測されますが、詳細はわかっていません。

今のところ唯一、人類の努力によって根絶に成功した感染症が、天然痘です。1958年、世界保健機関(WHO)によって天然痘根絶のプロジェクトがスタートしましたが、当初は人材も資金も不足しており、とても成功するとは思われていなかったようです。しかし接種法の改良や、アフリカの奥地まで探索しての患者探しなど関係者の地道かつ壮大な努力が実を結び、1980年に根絶が宣言されました。

天然痘の撲滅が可能であったのは、感染しても症状が現れない「不顕性感染」がほとんどない疾患であったこと、また全身に膿疱が発生する極めて特徴的な症状のため、患者の見逃しがなかったことが要因といわれます。

現在、ポリオや麻疹(はしか)などの根絶プロジェクトが進められており、ポリオの場合では継続的に患者が発生している国はパキスタンやアフリカの数ヶ国程度になってきています。これらの根絶も、決して夢物語ではないでしょう。

 

封じ込めと再発生

重症急性呼吸器症候群(SARS)や、中東呼吸器症候群(MERS)などの新興感染症はどうでしょうか?SARSは2002年に中国南部でアウトブレイクし、8422名の感染者と916名の死者を出しました。しかし2003年7月に感染は終息し、WHOは封じ込めの成功を発表しています。

ただしこの後にも、散発的な感染例が数件報告されています。また、SARSコロナウイルスはハクビシンなどの動物から人間に感染したと見られていますので、いずれ何らかのきっかけで人間界に再侵入する可能性はゼロではありません。

またMERSも、ヒトコブラクダがもともとのウイルスキャリアと見られており、ラクダとの濃厚接触による感染がなおも続いています。ここは、ヒトのみが自然宿主である天然痘などとは異なる点です。ペストも、動物からの感染と見られる例が世界各地で散発的に発生しており、決して消え去った過去の疾患などではありません。

 

定着した感染症

2009年に発生し、世界を席巻したH1N1型インフルエンザは、まだ記憶に新しいことと思います。あのインフルエンザはどう終息したか――といえば、実は終息はしていません。このウイルスは季節性インフルエンザとして定着し、毎年流行を繰り返しています。

100年ほど前にパンデミックとなったスペイン風邪も、実はすぐ消え去ったわけではなく、弱毒化して40年ほど流行を続けました。しかし1957年にアジア風邪と呼ばれる新型インフルエンザが現れると、これに取って代わられたのです。そのアジア風邪は11年ほど流行しますが、1968年に登場した香港風邪と入れ替わって消えました。なぜ新型ウイルスが現れると、それまでの型が消えてしまうのか、理由はわかっていないようです。

かつて不治の病として世界中をパニックに陥れた感染症・後天性免疫不全症候群(AIDS)は、優れた治療薬の登場などにより、以前ほど恐れられる病気ではなくなりました。国内の新規感染者も、近年では年間数百名程度となっており、話題にのぼることも少なくなっています。

しかし世界全体では、いまだ3790万人という膨大な感染者がおり(2018年)、特にアフリカなどでは流行終結には程遠い状況です。投薬によって体内のウイルス量を減らせば感染力もなくなると考えられていますので、医薬の普及が感染抑制の鍵なのですが、経済状況に余裕がない国が多いのが悩みどころです。

ではCOVID-19はどうなるのか――WHOは、ここまで世界に蔓延してしまった状況では、ウイルス根絶の可能性は非常に低いという見解を発表しています。弱毒化して、風邪の一種として定着するスペイン風邪パターンか、特定地域で蔓延が続くAIDSパターンになるのか――。ワクチンや治療薬がいつ登場するか、どのくらいの効果があるかが、今後の運命を分けることになりそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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