半数以上の患者さんが薬を飲み忘れた経験あり!
「55.6%。これが何だかわかりますか? 実は、これは薬を飲み忘れたことのある人の割合。私たちが薬局で薬をお渡しするとき『飲み忘れはありませんか?』と確認していますが、それでも飲み忘れる人はこんなに多く、ご自宅でたくさんの薬を余らせていると想像できます」
「第3回 みんなで選ぶ薬局アワード」で行われたエール薬局鴨居店の松岡亮太郎さんのプレゼンは、薬剤師にとって厳しい現実を認めることから始まりました。この記事を読んでいる方の中にも、松岡さんと同じように薬を飲み忘れてしまう患者さんに頭を悩ませている薬剤師が少なからずいるでしょう。
飲み忘れによって薬を余らせながらも、新たに処方された薬を受け取ることになれば患者さんは余分な費用を支払うこととなります。また薬を飲み忘れたことで症状が悪化すれば、さらに医療費を負担しなければならなくなるかもしれません。
薬の飲み忘れを防ぐために、製薬会社や薬局は以前からさまざまな対策を行ってきました。例えば、1回に飲む薬を1つの袋にまとめる「一包化」や複数の成分を1錠、1カプセルなどにまとめる「配合錠化」、薬の効き目を長くして服用回数を減らす「長時間作用型への変更」などです。これらに加え、薬剤師は飲み忘れてしまった患者さんにやんわりと注意や指導をするなどの努力もしてきたでしょう。しかし、それでもなお、飲み忘れはなくなりませんでした。このような実態を見てきた松岡さんは「患者さんの意識を変えなければ薬の飲み忘れは減らせない」と考えました。
ヒントはラッピングトラック
そんな松岡さんは、偶然大阪府の宮田運輸が行っている「こどもミュージアムプロジェクト」を知ることになります。宮田運輸では、子供の絵がラッピングされたトラックで配送することで危険運転や交通事故を減らすことに成功しています。ドライバー自身が起こす事故件数が減っただけでなく、後続車からあおられることもなくなったそうです。
人の優しさがトラック事故や危険運転を減らした——このアイディアに感動した松岡さんは薬袋に子供の絵をプリントすることを思い付きます。
エール薬局鴨居店は小児科の門前薬局で、患者さんの大半がお子さんとそのご家族です。薬局を訪れたお子さんは窓口でお絵描き用紙を渡され、退屈な待ち時間の間、好きな絵を描いて過ごすことができます。絵は薬局内の掲示スペースに飾られ、患者さんたちの目を楽しませます。
さらにその絵をスキャンし、お子さん本人やご家族の薬袋の裏側にプリント。絵の近くにあるコメント欄には「おくすり、ちゃんとのんでね」と手書きのメッセージが添えられます(画像参照)。これが、どうしても飲み忘れをしてしまう高齢の患者さんに効果てきめん。「孫のためにもちゃんと薬を飲んで体を大事にしよう」と意識がはたらくためでしょう。
「取り組みを始めてから、週1回くらい飲み忘れていた人が、きちんと薬を飲んでくれるようになりました。『薬局版こどもミュージアムプロジェクト』によって、アドヒアランスが向上したということです」(松岡さん)
この取り組みが口コミで広がり、お子さんの絵が入った薬袋をお目当てにエール薬局鴨居店に訪れる人が増え、なかには「孫の描いた絵がついているから薬袋を捨てられない」という人もいるそう。
全国の薬局でぜひ採用を!
「日々の業務を行いながら絵のプリントまでするのは大変そう…」と思いましたか? エール薬局鴨居店では具体的にどのような作業を行っているのでしょうか。
「規定の用紙に絵を描いてもらい、スキャンしてPDFデータにし、通常のプリンターで薬袋の裏に印刷するだけなので、難しいことはまったくありません。絵をお預かりして5分ほどで作業が終わるので、お絵描きしたその日に、ほとんどお待たせせずに絵付きの薬袋を持ち帰っていただけます」(松岡さん)
薬の処方以外の業務が増えることによる薬剤師の負担が気になる人もいるかもしれません。しかし、薬剤師以外の事務スタッフもできる作業なので、薬剤師の負担が過剰に大きくなる心配はないそう。また、同一世帯のご家族が別々の日に来局した場合でも、お子さんが描いた絵付きの薬袋をご家族に渡せるようシステムを整えているのだそう。
「絵のPDFデータはお子さんの個人データとともに厳重に保管します。そのデータにはご住所も含まれているので、プライバシーを守りながらもご家族が来局したらわかるように紐付けをしています。ですから、別の日にご家族が来局しても、同居しているお子さんやお孫さんの絵付きの薬袋をお渡しできるんです」(松岡さん)
特別な設備が必要なく、費用も手間もかかない。さらに長期的にみれば医療費削減に貢献できる――小児科の門前薬局という特性を生かしたこのプロジェクトは地域住民のつながりにも寄与する一大プロジェクトとなりました。とくにお子さんが多く訪れる薬局に勤務する薬剤師のみなさんは参考にしてみてください。
撮影:政川慎治 取材・文:市原淳子
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