知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
患者さんから受ける漢方薬にまつわる素朴な疑問は、一般的な薬剤師さんからしても「そういえばどうなんだっけ?」と思うものがあるようです。今回は、そんな疑問にお答えします。ほかにも素朴な疑問がありましたら、お知らせください。
結論から言うと、メーカーによって効果に大きく差がでます
選んだ漢方薬が患者さんの体質・症状にぴったり合致していても、品質の良くないものだと「効きがよくない」「いまいち…」と言われてしまいます。そのため、私は常により良い品質のものを探し続けています。
同じ処方名の漢方薬でも、メーカーによって味・風味、飲み心地、1日量などに違いがあります。違いが生まれる理由として、主に以下のような項目が挙げられます。
(2)製剤化の技術の違い
(3)添加物(賦形剤や滑沢剤など)の違い
(4)処方を構成する中薬の種類の違い
(5)処方を構成する中薬のグラム数の違い
ある3社のメーカーの「補中益気湯」の添付文書から、1日量・生薬の配合と生薬のグラム数・添加物を抜き出して表にしてみました。
■補中益気湯・3メーカーを比較
メーカーによって生薬の量や添加物が違うことが分かりますね。
たとえば、主薬である「黄耆(おうぎ)」の含有量は、4gのメーカーもあれば、3gのメーカーもあります。表に挙げた補中益気湯は、すべて認可された最大量の生薬が配合されていますが、それでも差があります。
(1)原材料である生薬自体の品質の違い
生薬は自然のものなので、産地、採取時期、炮製(不要成分を除き有効成分を抽出、あるいは毒性軽減を目的とした加工調整)・修治(生薬に加える加工)などによって品質にかなり差がでます。特に植物の場合は、暖かな南方、極寒の地、砂漠、高山の崖っぷち、高原の土の中……などなど、生育環境がかなり限定されます。日本産にこだわりたい方の気持ちも分かるのですが、日本ではそもそも育たないものも多いのです。
品質のよい生薬は薬効も高いといえます。中国産の品質を心配する声も聞きますが、日本に医薬品として出回っている生薬は、日本の厚生労働省が定めている基準をクリアしています。つまり、病院で扱われている西洋薬と、安全上なんら変わりはないのです。
逆に言えば、中国旅行などでご自身が買ったもの(生薬でもエキス顆粒剤でも丸剤でも)は、日本の基準をクリアしていないため、たとえ効き目は良くとも安全性に関しては不明です。
製剤化されてしまうと、生薬のひとつひとつは見えなくなりますが、香りや味や効き具合に、用いた生薬の質の良し悪しが表れます。私が個人的に生薬にこだわっていると思うメーカーは、おそらく医療従事者の多くがご存知ないメーカーです。どの分野でもあることですが、地味で目立たないけれど確実に良い仕事をする職人魂を持った会社ってありますよね。個人的に応援しています!
(2)製剤化の技術の違い
甘くて・口当たりがよく・飲みやすいものは、つまりは、生薬の味が薄い=有効成分が少ない、甘い=賦形剤が多い、という可能性もあります。うっすら甘いエキス顆粒剤は患者さんが飲みやすいという良い面もありますが、効きの面で評判が良いとは限りません。
また、日本は処方本来の味・香り・効能を上手に再現できるメーカーが少ないように思います。中医師とお話しした際、日本では使用する生薬量自体が少ないことのほかに、メーカーのノウハウの違い、炮製・修治(生薬に加える加工)に本場中国のようなこだわりがない、製剤化の段階で有効成分が飛んでしまうなど、生薬の効能を最大限に引き出せていないことも関係しているのではとおっしゃっていました。
「製剤化の段階で有効成分が飛んでいる」とは、揮発性の有効成分が加熱によって減少あるいは消失していることで、特に香りが効能を担う処方で芳香成分が消えてしまうことは、有効成分がかなり損なわれることを意味します。
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外用軟膏も、メーカーによって色も香りも効きも違います。職人さんがご高齢でその技術を継ぐ人がおらず、惜しまれながら販売停止になるというケースもあります。
(3)添加物(賦形剤や滑沢剤など)の違い
エキス顆粒剤にするには、どうしても賦形剤を入れる必要があります。また、飲みやすさ・扱いやすさ・保存性などの観点から添加物を入れます。例えば、「乳糖」を絶対避けたい人は、食品と同じく漢方薬の「添加物」の欄までよく目を通して選択する必要があるでしょう。
添加物を入れると、医療従事者も患者さんも扱いやすくなります。添加物を極力少なくするメーカーの漢方薬は安全性も生薬の品質も高いですが、添加物が少ない分、湿気でベタベタしやすく、また静電気で飛び散りやすいのが難点です。
(4)処方を構成する生薬の種類の違い
漢方薬は複数の生薬の組み合わせで構成されています。先述した「補中益気湯」は、原方(もともとの処方)では「黄耆・人参・白朮・柴胡・升麻・当帰・橘皮・甘草」の8味でできています。日本ではこれに大棗・生姜を加え、10味で構成されます。黄耆が主薬ですので、含有量は一番多いはずですが、先の表のように、日本のメーカーによってはそうとも限らないようです。
さらに、漢方薬の処方ではよくあることですが、原方の構成生薬の一部が、別の(あるいは、似た)生薬に置き換わっているケースもあります。白朮(びゃくじゅつ)もそのひとつです。昔は白朮と蒼朮(そうじゅつ)の区別がなく、書物には「朮(じゅつ)」と記載されていました。そうした経緯から、原方は白朮であっても蒼朮を使うメーカーも多くあります。中医学の専門家は、効能の違いから、これらを使い分けることもあります。
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日本では「生薬の使い分けが正確にできていなかったり」「名称が混乱していたり」することがよくあります。両者で効能が似ているものもあれば、異なるものもあります。
また、構成生薬として「日局ニンジン」とある場合、単に乾燥させた朝鮮人参のこともあれば、こだわって「紅参(こうじん:人参を蒸してから乾燥させたもの)」を使用していることもあります。「日局ショウキョウ」も、ほとんどのメーカーは乾燥させたショウガである「乾姜(カンキョウ)を使いますが、ナマのショウガ「生姜(ショウキョウ)」を用いるメーカーもあります。
ちなみに、中国では(中薬学の教科書では)、生のショウガを「生姜(しょうきょう)」、単に乾燥させたショウガを「乾姜(かんきょう)」といいます。みたまま漢字の通りの意味です。
しかし、日本では、乾燥させたショウガのこともなぜか「生姜(しょうきょう)」といいます。「生=なま」と書いてあるのに…! そして、日本で「乾姜(かんきょう)」というと、ショウガを蒸してから乾燥させたものを指します。これに相当する中薬学上の名称は存在しません。
(5)処方を構成する中薬のグラム数の違い
メーカーによって生薬の量が違うことは、先の「補中益気湯」の例で示しました。さらに、板藍根などの日本で健康食品扱いとなるものは、含有量が外箱に記載されていないことが多いです。我々漢方薬局の店主は、法律的なしばりのゆるい健康食品に関しては特に厳しい目でみます。
中医学を勉強している漢方薬局の人であれば、「原生薬換算(エキス剤1グラム製造するのに使われた生薬量、含有生薬量)で何グラム使われているか」にこだわります。「この体重・年齢・体質であれば原生薬換算で○グラム使いたい」と考えるので、製品の原生薬換算を知る必要があるのです。
メーカーさんたちの話によると、原生薬換算量の記載がないケースは、同業他社にマネされるのを防ぐためか、たいして含有していないからわざと書かないかのどちらかだろうと思います。どちらにせよ、漢方薬局の店主が取り扱う際には、たいていメーカーに問い合わせて原生薬換算量を知っています。
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一般的に、エキス顆粒剤は(漢方薬にしても健康食品にしても)、原料となる生薬量が多ければ多いほど効きが良くはなります。しかし、「生薬量が多いから他メーカーよりも効く」と言い切れないのが難しいところです。生薬の品質が良かったり、製剤化が上手だったりすると、含有生薬量が多いメーカーより効きがよいこともあるからです。
次回は「漢方薬はドラッグストアと漢方薬局で違いがあるのか?」「保険適用の漢方薬とそうでないもので違いはあるの?」などについてお話しします。お楽しみに!
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参考文献:
・小金井信宏(著) 『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著), 小金井 信宏 (翻訳) 『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・三浦於菟(著)『東洋医学の未病思想』日本未病システム学会 雑誌10(1):25-28,2004年
・小池一男(著)『漢方の世界へようこそ』第63回東邦大学薬学部公開講座プログラムテーマ:『漢方、サプリメント&ハーブで健やかに』2017年
・『中薬大辞典』上海科学技術出版社 小学館
・満量処方とは?|北日本製薬株式会社
・補中益気湯|医学百科