薬剤師のためのお役立ちコラム 公開日:2024.03.12 薬剤師のためのお役立ちコラム

ドラッグラグとは?これまでの取り組みやドラッグロスについて解説

文:篠原奨規(薬剤師ライター)

日本ではこれまでにドラッグラグ解消に向けて、さまざまな取り組みが行われてきました。問題視され始めた2000年代後半に比べると改善傾向にありますが、近年、新たにドラッグロスの問題が起きています。この記事では、ドラッグラグの概要をお伝えするとともに、ドラッグラグの現状やこれまでに行われた取り組みの他、新たな問題となっているドラッグロスについてお伝えします。

1.ドラッグラグとは

ドラッグラグとは、海外で承認されている薬が国内で承認されるまでの時間差(遅れ)を指します。2007年に厚生労働省が作成した「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会報告書」によると、アメリカと日本の間には約2.5年のドラッグラグが生じていたことが報告されています。
 
海外で承認され、使用されている薬であっても、国内の薬事承認が得られていなければ保険診療内で使用できません。そのため既存の医薬品や治療では十分な効果を得られなかった患者さんに新薬が適用されず、治療が遅れたり、治療の選択肢が狭まったりしてしまうことが問題視されています。

2.ドラッグラグが起こる原因

ではなぜ、医薬品が海外で開発されてから国内で承認されるまでに遅れが生じるのでしょうか。

2-1.治験開始の遅れや治験期間の延長

新薬の承認申請をするためには治験が必要です。治験とは、医薬品の安全性や有効性を調べるために、患者さんの協力の下に行われる臨床試験のことで、海外よりも国内での治験の着手が遅れたり、治験期間が長くなったりすることでドラッグラグが生じます

このような、治験等の遅れにより薬事申請までに生じた時間のずれが「開発ラグ」です。PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構/Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)が公表するドラッグラグの試算では、2006年時点での開発ラグは1.2年であったとされています。

 
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2-2.承認審査に時間がかかる

審査そのものに時間がかかることで生じるラグもあります。製薬会社が申請を行った後、PMDAが承認審査を行いますが、承認審査にはさまざまな調査が必要となるため、時間がかかるケースも少なくありません。この過程で生じた時間差を「審査ラグ」と呼び、PMDAの試算によると、2006年には1.2年の審査ラグがあったと報告されています。

3.ドラッグラグ解消に向けた取り組み

ドラッグラグ解消に向けて、国や製薬会社はさまざまな取り組みを行ってきました。これまでに行われた取り組みの一部をご紹介します。

 

3-1.複数の国が同時に治験を行う国際共同治験の推進

ドラッグラグ解消の取り組みの一つに、国際共同治験の推進があります。国際共同治験とは、国内でのみ治験を行うのではなく、複数の国とほぼ同時進行で実施される治験のことです。開発や承認申請の過程を海外と同時期に行えるため、治験の着手の遅れを解消できます。また世界規模で治験を行うことで症例数を確保しやすくなり、治験期間の短縮につながるのです。その結果、開発ラグが解消されます。

 

3-2.治験・臨床研究ネットワーク体制の強化

国際共同治験を円滑に行うために、治験・臨床研究ネットワーク体制の強化も進められています。国立がん研究センター中央病院が主体となってASEAN諸国へ拡大を目指しているATLAS(アジアがん臨床試験ネットワーク事業/Asian clinic Trials network for cAncerS)がその一例です。
 
ATLASではアジア同時薬事承認やアジア全体のゲノム医療推進を目指して、治験基盤の強化や治験教育プログラムの提供が行われています。ASEAN諸国の治験に関するインフラを整備し国際共同治験を円滑に行えるネットワークを強化することで、ドラッグラグの解消に貢献するとされています。

 

3-3.PMDAによる承認審査の迅速化

2007年時点で1年ほどの遅れが出ていた審査ラグを解消するために、PMDAが行う承認審査の迅速化が進められました。独立行政法人医薬品医療機器総合機構の「平成20事業年度業務報告」によると、審査員の増員が行われるとともに、「新医薬品承認審査実務に関わる審査員のための留意事項」の作成と、担当職員への周知により、審査基準が明確になり、審査業務の効率化が進められています。

 
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4.海外のドラッグラグの現状

ドラッグラグは、日本だけではなく、アジア諸国でも問題となっています。アジア諸国では経済発展や人口増加、高齢化を背景に、国民の良質な医薬品・医療機器への関心が高まっている一方で、革新的な医薬品・医療機器へのアクセスが十分に確保されていません。またグローバル化や製品の多様化により規制が高度化しており、一つの規制当局で処理することが難しくなっています。

そこで日本では2016年に「アジア健康構想に向けた基本方針」が決定されました。アジア諸国全体のドラッグラグ解消に向けて、それぞれの国の関係省庁が一体となり、規制調和などさまざまな取り組みを行っています。

5.日本におけるドラッグラグの現状と課題

先述した取り組みを行ったことで、日本のドラッグラグは改善傾向にあります。しかしいまだに解決できていない課題もあるのが現状です。日本におけるドラッグラグの現状と課題となっているドラッグロスについて解説します。

 

5-1.日本のドラッグラグの現状

PMDAの試算によると、2021年度のドラッグラグは0.4年で、2006年時点で生じていた2.4年の遅れに比べて大幅に短縮しています。同年の開発ラグと審査ラグに注目してみると、開発ラグは1.2年から0.3年に、審査ラグは1.2年から0.1年に短縮され、ドラッグラグの解消につながったことが分かります。その一方で、新たに問題視されているのが「ドラッグロス」です。

 

5-2.日本における現状の課題であるドラッグロスとは

ドラッグロスとは海外で承認されている医薬品のうち、国内では未承認となっている薬のことです。日本製薬工業協会が行った2023年3月時点での報告によると、欧米で承認されているにもかかわらず、国内では未承認となっている医薬品は143品目あり、この中で国内での開発が未着手の医薬品は86品目でした。
 
保険診療での治療がうまくいかず未承認薬(ドラッグロス)での治療を行う場合、患者さんには、経済面で大きな負担が生じます。保険適用の薬を使用するのと違い、通常保険請求される診察代や薬剤料、検査料などが保険適用外となるケースがあり、治療にかかる費用を患者さんが全額負担しなければなりません。

また、未承認薬を服用して重大な健康被害が生じた場合、医薬品副作用被害救済制度は利用できないという問題があります。
 
医薬品副作用被害救済制度とは、薬事承認されている医薬品を適正使用したにもかかわらず、健康被害が生じて入院治療が必要になった場合に、医療費や年金を給付される制度のことです。ドラッグロスによって生じた健康被害は、この制度の対象外となるため、健康被害の治療にかかる費用も自己負担となり、さらなる経済負担が生じる恐れがあります

 
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6.現状の課題である「ドラッグロス」への取り組み

課題となっているドラッグロスに対しても、いくつかの取り組みが進められています。

 

6-1.研究開発の支援をする新薬・未承認薬等研究開発支援センターの設立

2009年に、未承認薬の開発をする製薬会社を支援するための「新薬・未承認薬等研究開発支援センター」が設立されました。本センターは医療上、必要性が高い未承認薬の研究開発や薬事承認に関して専門的・技術的な支援をすることで、日本の医療を充実させることを目的としています

2022年度の事業報告書によると、未承認薬等開発支援事業の成果として、2022年12月までに医療上、必要性が高いと評価した医薬品464品目のうち、371品目が薬事承認を取得しました。

 

6-2.医療上の必要性を評価するための検討会議の実施

2010年4月より、厚生労働省では、「医療上必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」を実施しています。未承認薬について、適応疾患が重篤であるか、有用性があるかといった観点から医療上の必要性を評価し、製薬会社の開発を促進するのを目的とした検討会です。また医薬品の有効性や安全性を確保するため、承認時に必要な試験の検討を行うなど、ドラッグロスの解消を後押ししています。

 
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6-3.患者さんの治験参加への希望に寄り添う「患者申出療養制度」の新設

先にもお伝えしたとおり、未承認薬を使用すると、基本的に治療にかかる費用は全額患者さんが支払うことになります。そこで未承認薬をいち早く使いたい、治験を受けたい患者さんの希望に応えるために、「患者申出療養制度」が新設されました。この制度を利用すれば、未承認薬で治療しても、保険給付対象分の自己負担が軽減される仕組みです

また本制度を活用して未承認薬で治療する患者さんが増えることで、未承認薬のデータが集まりやすくなりドラッグロスの解消にも貢献します。

 

6-4.「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会」の実施

2022年から行われている「医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会」において、医薬品の早期承認、安定供給をする上で薬事規制のあり方が課題であると指摘されました。そこで2023年7月から「創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会」が開始されています。この会議の中で検討されている事項としては、以下の内容が挙げられます

 

● 希少疾病用医薬品の指定のあり方
● 小児用医薬品の開発促進に資する薬事審査等のあり方
● わが国の承認審査における日本人データの必要性の整理
● 治験のさらなる効率化(エコシステム)の導入
● 製造販売後に実施する使用成績等のあり方
● 薬事制度におけるリアルワールドデータの活用のあり方
● 医薬品の製造方法に係る薬事審査等のあり方
● 我が国の薬事制度に関する海外への情報発信

 

出典:検討会開催の背景と進め方 第1回 創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会|厚生労働省

7.ドラッグロスの今後について

ドラッグロス対策としてさまざまな取り組みが行われていますが、2023時点では解消されているとは言えません。近年では、特に小児がんなど希少疾患用医薬品において顕著に見られます。
 
医薬産業政策研究所が2011年~2020年のFDA(アメリカ食品医薬品局)承認薬を対象に行った研究によると、国内で未承認薬となっている抗悪性腫瘍剤の半数以上は新興企業が開発した医薬品であったと報告されています。この背景として、新興企業の行う国際共同治験に日本が組み入れられておらず、国内での治験が行われないケースが多いことが原因と考えられます。
 
小児がん用医薬品をはじめとする未承認薬の問題を解消するための一つの対策として、海外の新興企業との提携や新興企業にとってインセンティブとなる政策を行い国内での治験実施を活性化させる必要があるでしょう

8.ドラッグラグは改善に向かっている一方で、未解決の新たな問題も

ドラッグラグは、患者さんの治療遅れの原因の一つです。さまざまな取り組みによりドラッグラグは解消しつつある一方で、近年ではドラッグロスが問題視されています。ドラッグロス解消に向けた動きが見られますが、今後も動向を注目する必要があるでしょう。薬剤師としてドラッグロスに関連する制度を理解し、未承認薬での治療を希望する患者さんから相談を受けた際に、適切なアドバイスができるように準備しておきましょう。

参考URL

有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会報告書 |厚生労働省

治験ってなあに?|国立成育医療研究センター

新医薬品に係る承認審査の標準的プロセスにおけるタイムライン|PMDA

Q39.「ドラッグ・ラグ」とはなんですか。国と製薬産業は、どのような取り組みをおこなっていますか。|日本製薬工業協会

AMEDアジアがん臨床試験ネットワーク事業進捗状況(2022年11月現在)|国立がん研究センター中央病院

独立行政法人医薬品医療機器総合機構 平成20事業年度業務報告

医薬品の迅速・安定供給実現に向けた総合対策に関する有識者検討会報告書 |厚生労働省

アジア医薬品・医療機器規制調和の推進について|首相官邸

アジア医薬品・医療機器規制調和グランドデザイン|首相官邸

ドラッグラグの試算について|PMDA

医薬品副作用被害救済制度|PMDA

Q52.製薬産業は「未承認薬(みしょうにんやく)」に、どのように取り組んでいますか。|日本製薬工業協会

一般社団法人 新薬・未承認薬等開発支援センター

「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」開催要綱|厚生労働省

患者申出療養制度|厚生労働省

創薬力の強化・安定供給の確保等のための薬事規制のあり方に関する検討会|厚生労働省

ドラッグ・ラグ:なぜ、未承認薬が増えているのか?|日本製薬工業協会


執筆/篠原奨規

2児の父。調剤併設型ドラッグストアで勤務する現役薬剤師。薬剤師歴8年目。面薬局での勤務が長く、幅広い診療科の経験を積む。新入社員のOJT、若手社員への研修、社内薬剤師向けの勉強会にも携わる。音楽鑑賞が趣味で、月1でライブハウスに足を運ぶ。

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