薬剤師のスキルアップ 更新日:2024.01.16公開日:2023.10.24 薬剤師のスキルアップ

簡易懸濁法のメリット・デメリットとは?手順や服薬指導での注意点を解説

文:テラヨウコ(薬剤師ライター)

胃ろうや腸ろうの方など経口での服薬ができない場合は、チューブを用いた経管投与が行われます。その際、簡単で安全に経管投与する方法の1つが「簡易懸濁法(かんいけんだくほう)」です。簡易懸濁法は粉砕や脱カプセルよりも早く簡単に服薬できるなど、薬剤師側・患者さん側それぞれにメリットが存在します。今回は、簡易懸濁法の手順やメリットを紹介するほか、適したお湯の温度とその理由、簡易懸濁法を使用できない薬の特徴、患者さんへ服薬指導する時の注意点を見ていきましょう。

1.簡易懸濁法とは

簡易懸濁法(かんいけいだくほう)とは、錠剤を粉砕したりカプセルを開けて中の薬剤を取り出したりすることなく、投与時に錠剤・カプセルを55℃くらいの温湯にそのまま入れて崩壊・懸濁させ、経管投与する方法です。経鼻胃チューブ、胃ろう、腸ろうなどによって経管投与が必要な人に適しています。薬が完全に溶解しない懸濁状態でも投与できることから使用可能な薬剤も多く、嚥下障害がある患者さんへの服薬支援の1つとして有効です。

2.簡易懸濁法と粉砕の違い

これまで経管投与の際に使用されてきた主な手法の1つに粉砕があります。粉砕とは錠剤やカプセルを、乳棒・乳鉢やミキサーなどを利用して微細に砕く方法です。通常は、薬剤師が薬局で粉砕し、粉砕後の薬の量によっては乳糖などで賦形した後に分包します。また、患者さんの疾患や処方薬の配合変化の有無によっては、賦形剤の種類も考慮しなければなりません。そのため、粉砕調剤を行うには、粉砕・賦形のための技術と薬学的知識に加えて、分包機などの特別な設備が必要です。

また、粉砕調剤に時間がかかることで、患者さんに薬を渡すまでの時間が伸びてしまい、待ち時間が長くなります。さらに、粉砕して粉末状になった薬剤は識別記号が分からなくなることで判別が難しくなり、調剤や投与時に過誤が発生するリスクが高まるといった難点があります。

 
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一方で簡易懸濁法では、薬剤師は、錠剤やカプセルの状態で患者さんやご家族・介護者に処方薬を渡し、実際に投与する人が自宅や施設などで懸濁して投与します。粉砕と違って、特別な技術や薬学的知識、設備が不要で、誰でもどこでもできるのが利点です。

3.簡易懸濁法の手順

簡易懸濁法は患者さんのご家族や介護者、看護者も簡単に実施できる投与法です。場合によっては、処方時に実際の手順などについて相談されることがあるかもしれません。ここでは、簡易懸濁法の基本的な手順とスムーズに懸濁させるためのポイントを解説します。

 

3-1.簡易懸濁法に必要なもの

簡易懸濁法に必要なものは次のとおりです。

 

・薬
・懸濁させる容器(キャップ付き)
・注入器
・55℃程度の温湯

 

懸濁に使う容器は、耐熱性があり密閉できるものであれば家庭で準備できるもので構いません。懸濁に使う水は必ず水道水を使用するよう伝えましょう。ミネラルウォーターは硬度が高いものもあり、薬によっては吸収・効果に影響が出る恐れがあります。

3-2.簡易懸濁法の手順

簡易懸濁法の手順は次のとおりです。今回ご紹介するのは、簡易懸濁法の基本的な手順の一例です。病院などで指示されたマニュアルがある場合は、そちらに従うよう服薬指導時に伝えましょう。

 

■簡易懸濁法の手順

1.容器に錠剤もしくはカプセルをそのまま入れます。

2.55℃程度の温湯を20~30mlほど注ぎ、10分間放置して崩壊させます。

3.薬を崩壊させる間に、注入器に20~30mlの水を吸い取り、チューブに接続して開通しているか確認します。

4.容器のキャップを閉めてよく振り混ぜて懸濁させます。

5.薬の懸濁を確認後、懸濁液を注入器に吸い取ります。

6.チューブに接続して、懸濁液を注入します。

7.最後に注入器に20~30mlの水を吸い取ってチューブに注入し、チューブ内の懸濁液をすべて注入します。

8.注入器を水で洗います。注入器は1~2週間を目安に新しいものに交換しましょう。

 
参照:簡易懸濁法を実施される方へ|大阪刀根山医療センター

 

3-3.簡易懸濁法のポイント

簡易懸濁法を成功させるポイントは、お湯の温度と時間、そして薬によっては正しい下準備の上で行うことです。
 
簡易懸濁法で使用する温湯は55℃程度と定められています。これは、55℃の温湯は10分間放置した後もカプセルが溶ける温度(37℃)を下回らないためです。日本薬局方において、「カプセルとは37℃±2℃の水50mlに入れて、しばしば振り動かすと10分以内に溶けるもの」と規定されています。もし55℃よりも低い温度を使用すると、10分の間に温度が下がりすぎてしまい、カプセルが十分に溶けきらない可能性があります。
 
約55℃の温湯を簡単に作る方法は2つあります。1つ目は沸騰したお湯(100℃)と常温の水道水を2:1の量で混ぜること。2つ目はポットの設定を60℃にしておき、少し冷まして利用する方法です。また、簡易懸濁法に用いる温湯は55℃ちょうどでなくてもよいことを投与する人に伝えましょう。

薬の中には数分で崩壊・懸濁するものも少なくありませんが、簡易懸濁法では正確を期するために崩壊・懸濁時間を10分間と定めています。また、10分以上放置すると配合変化のリスクが高まり、安定性の問題を生じます。薬の品質保持のためにも、懸濁後は速やかに投与しましょう。

 

3-4.錠剤が溶けにくい場合の対処法

簡易懸濁法では錠剤をそのまま温湯に入れるのが基本ですが、薬の性状によっては溶けにくいものがあります。コーティング錠など懸濁しにくいものは、あらかじめ乳棒やすりこぎ、金づちなどで軽く砕いてから温湯に入れましょう。錠剤を砕く際は、PTPシートや一包化包装に入ったまま砕き、その後に取り出すと飛び散らず、薬のロスも少なくなります(簡易懸濁法を実施される方へより)。また、腸溶顆粒や徐放性顆粒は吸収量やバイオアベイラビリティに変化が起こる恐れがあるため、つぶさずにそのまま注入します。
 
簡易懸濁法では通常55℃程度の温湯を使いますが、薬によっては温度を調整する必要があります。例えば、ランソプラゾールOD錠など添加物にマクロゴール6000(凝固点が56~61℃)を含有するものは、温湯に溶かすとチューブ詰まりの原因になるため、常温の水に溶かすなど、工夫が必要です。

4.簡易懸濁法のメリットとデメリット

簡易懸濁法は粉砕に比べると多くのメリットがあります。また、わずかながらデメリットも存在します。簡易懸濁法を用いる時は、これらをしっかり理解することが大切です。メリットとデメリット、それぞれについて見ていきましょう。

 

4-1.簡易懸濁法のメリット

簡易懸濁法の大きなメリットの1つが調剤時間の短縮です。薬局では薬を加工せずにそのまま渡すことになるため、患者さんを待たせず、患者さんにとっても薬剤師にとってもメリットとなります。また、服用直前まで錠剤やカプセルの状態で保管できるため、光や湿気などによる薬効低下や配合変化のリスクを減らせます

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さらに、錠剤やカプセルの状態で渡すことは、投与時に目視で薬の再確認ができるため、投与ミスの予防にもつながるでしょう。治療途中で処方が中止・変更となっても、粉砕されていないため薬を廃棄しなくてよいのも利点です。
 
そのほか、乳糖賦形しないためチューブが詰まりにくいことから、細いチューブが利用できるため、患者さんのQOL向上につながります。粉末状にできない薬の使用や、投与者が粉末化された薬剤を吸い込む恐れがないのもメリットでしょう。

 

4-2.簡易懸濁法のデメリット

簡易懸濁法では、薬が確実に崩壊・懸濁するまで10分間待たなければいけません。一方で、懸濁から投与まで時間が空くと、配合変化や安定性の問題が生じるため時間を正確に測る必要があります。
 
懸濁してちょうど10分後に薬を投与しなければいけないというのは、忙しい介護者や看護者にとって負担となる場合があるかもしれません。また、薬の種類や量によっては、処方されている全ての薬を一度で懸濁できない場合もあります。懸濁時に注意すべき薬もあるため、服薬指導の際に適切に伝えることが必要です(簡易懸濁法の注意点より)。

 
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5.簡易懸濁できない薬

簡易懸濁法では55℃程度の温湯を使うため、55℃で薬の安定性が保てないシクロフォスファミドやカリジノゲナーゼなどは使用できません。また、一緒に懸濁すると配合変化を起こす薬も注意が必要です。例えばレボドパ製剤と鉄剤、レボドパ製剤と酸化マグネシウム製剤などの組み合わせが挙げられます。こうした場合には、別々に懸濁して投与しなければなりません。
 
簡易懸濁できる薬の一覧表はそれぞれの病院などで作成されているものが活用できます。そのほか、東京医療センター薬剤部のデータベースでも確認できます。患者さんに薬を交付する前に、これらの情報を確認しておきましょう。

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加えて、同じ有効成分の薬でも、メーカーによって懸濁できるものとできないものがあります。近頃は医薬品流通の関係でジェネリック医薬品のメーカーが異なるものを渡すことも多々あります。メーカー変更があった場合も、懸濁可能かどうかを改めてチェックしましょう。

6.簡易懸濁法の服薬指導の注意点

服薬指導では、患者さんの家族・介護者・看護者に正しい簡易懸濁のやり方を伝えましょう。口頭での丁寧な説明はもちろん、後でゆっくり見返せるように簡易懸濁法の手順や注意点を記した説明用紙を配布するのも良いでしょう。必ず投与の10分以内に調製すること、事前に作り置きはせず投与のたびに調製することなどを丁寧に伝えます。また、調製に使用する容器は洗浄して清潔を保つほか、正しい調製のために使えない、使いにくくなった器具は定期的に新しいものに交換する旨も指導しましょう。

 

先にもお伝えしましたが、ミネラルウォーターは硬度が高いものもあり、薬によっては吸収・効果に影響が出る恐れがあるため水道水を使用する点も大切です。そのほか、薬剤によっては簡易懸濁法に適さないものもあるため指示された薬以外は簡易懸濁しないこと、錠剤やカプセルが懸濁しない、薬液が薬の色と明らかに違うなどの場合は病院や薬局へ相談することも併せて伝えましょう。

7.簡易懸濁法の正しいやり方を理解して服薬指導に生かそう

簡易懸濁法は、「経管投与するならば薬を粉砕・脱カプセルしなければならない」という、それまでの概念を覆した画期的な手法です。調剤業務の手間を軽減し、患者さんに薬を渡すまでの時間短縮につながります。また、投与まで薬の安定性を保ち、投与者を薬剤の曝露から守ることもできます。このように薬剤師・患者さん双方にとってメリットが大きい簡易懸濁法を効果的に活用するためには、注意点をしっかりと把握することが大切です。気をつけるべきポイントを押さえて、服薬指導に生かしましょう。


執筆/テラヨウコ

薬剤師。3人兄弟のママ。大学院卒業後、地域密着型の調剤薬局に勤務。大学病院門前をはじめ、内科・婦人科・皮膚科・心療内科・皮膚科門前などで多くの経験を積む。15年の薬剤師歴ののち独立して薬剤師ライターへ。健康や医療、美容に関する記事を執筆。休日は温泉ドライブや着物でのおでかけが楽しみ。

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