知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第52回 冬虫夏草とは?フシギな成り立ちと効能、飲み方
秋から冬にかけては、カゼやインフルエンザなどの感染症が流行りやすく、空咳が長引きやすい人や気管支喘息もちの人など、肺・腎グループが弱点な人にとっては要注意な季節です。今回は、そんな人にぴったりな生薬「冬虫夏草(とうちゅうかそう)」について紹介します。
「虫+キノコ」冬虫夏草のフシギな成り立ち
漢方に興味のある人や健康意識の高い人達にはよく知られている冬虫夏草。初めて目にする人は見た目のグロテスクさから「なぜ、これをクスリにしようと思ったのだろう……」という感想を抱くかもしれません。ですが、とてもありがたい効能があり、貴重な生薬でもあるのです。
冬虫夏草は「虫」に「キノコ(菌)」が寄生したもので、虫の部分(=冬虫)とキノコ(=夏草)の部分を合わせて「冬虫夏草」と呼びます。ちなみに「冬虫」の部分に栄養が多いそうです。
冬の間、キノコ(菌)は地中の幼虫に寄生して、幼虫の栄養分を生かしたまま吸収し、菌糸体を伸ばします。そして夏になると、細長い子実体=キノコ(草)を発芽して地上に姿を現します。
参考までに、やや遠くから撮影された写真をご紹介しますが、苦手な方は飛ばしてくださいね。
稀少で貴重! ニセモノも多い
冬虫夏草の特産地はチベット高原地帯で、人が手作業で掘り出します。その健康効果と稀少性から、「地中に眠る高価な宝物」とも言われます。そのためニセモノが出回っていることもあり、注意が必要です。
購入する場合、漢方の知識に自信がない人は日本国内で購入するのが安全です。日本の漢方専門の薬局で取り扱われている、信頼の置ける生薬メーカーの製品なら安定した品質のものを得られます。
日本では、冬虫夏草は健康食品扱いです。健康食品は医薬品ほど品質や成分の含有量に厳しい決まりがないため、怪しい宣伝上手なメーカーのものは高価なうえ成分が薄かったり、品質がいまひとつだったりします。
さらに最近では、人工栽培された冬虫夏草も販売されています。天然ものと全く同じものを人工的に生み出すのはなかなか困難なようですが、天然ものよりも安価で求めやすいのが特徴です。
冬虫夏草の性質・効能
冬虫夏草は約4000年以上にわたる古い歴史の中で、歴代の皇帝たちに愛用され珍重されてきました。古代中国の覇者である秦の始皇帝や世界三大美女の楊貴妃なども例にもれません。莫大な財を投じて、不老長寿(アンチエイジング)や美容のために冬虫夏草を探し求めたと言われています。
近年では、中国の優秀な陸上長距離選手のチーム「馬軍団」がアジア大会で驚異の走りを見せたのは「冬虫夏草」を愛用していたからだという逸話が広まったことから冬虫夏草の買い占めや価格の急騰が起きたというエピソードがあります。
漢方の本場・中国では、冬虫夏草には免疫増強作用・抗腫瘍作用・抗菌作用・止咳作用・止血作用・気管支拡張作用・鎮静作用・滋養強壮作用などがあります。さらに、肺がん・肺結核・喘息などの「肺グループの弱り」、病後の気力体力づけ、インポテンツ、遺精、男女の不妊症の「腎グループの弱り」など、用いられる場面は多岐に渡ります。
アンチエイジングや美容にも用いられますし、これだけ価値ある効能がある生薬ですから、歴代の高い身分の人々が求めていたというのも納得です。
中医学の書籍を紐解くと、これらの効能は次のように表現されています。
冬虫夏草・冬虫草・虫草
【基原】
コウモリガ科HepialidaeのHepialus armoricanus OBER.などの幼虫にバッカクキン科ClavicipitaceaeのフユムシナツクサタケCordyceps sinensis SACC.が寄生し、子実体を形成したもの
【性味】
甘、温
【帰経】
腎・肺
【効能と応用】
(1)滋補肺陰・止血化痰(じほはいいん・しけつかたん)
肺陰虚の慢性咳嗽・喀血などの症候に、沙参・麦門冬・阿膠・川貝母などと用いる
(2)益腎陽(えきじんよう)
腎陽虚の腰や膝がだるく無力・インポテンツ・遺精などの症候に、杜仲・淫羊藿・巴戟天などと使用する
(3)補虚(ほきょ)
病後の衰弱・自汗・寒がる・食欲不振などの虚弱症候に、ニワトリ・カモ・ブタなどと炖服する(「炖服」を翻訳すると「煮込んで飲む」)
【使用上の注意】
(1)薬力が緩和であるから、長期間服用してはじめて有効である
(2)陰虚火旺には単独で使用しない
(3)表証・肺熱喀血には禁忌
【薬理作用】
補肺腎・止喘咳
(1)気管支の拡張: 水侵液は遊離した動物の気管支をあきらかに拡張する
(2)鎮静:マウスに対し鎮静と催眠作用がある
(3)抗菌: in vitro(*1)で、cordycepin(*2)はレンサ球菌・ブドウ球菌・炭疽菌・皮膚真菌などを抑制する。アルコール抽出液は、1/10万以下の濃度でも結核菌を抑制する。冬虫夏草の結核菌に対する有効性がこのことに関係があるかどうかは研究に値する
この他、動物の腸管・子宮・心臓などの筋肉を弛緩する。静脈内投与により血圧下降を生じる。慢性腎炎の患者に冬虫夏草を常服させると体質を強化する
*1 in vitro:試験管内で
*2 cordycepin:冬虫夏草の主成分のうちのひとつ。ここには書ききれませんが、成分について調べてみてくださいね。
冬虫夏草の飲み方
冬虫夏草は生薬そのまま(原形)のものから「エキス顆粒」「錠剤」「ドリンク剤」などさまざまな剤型に加工されたものまで、さまざまなメーカーから販売されています。もし、原形を入手したらスープにして飲むのがオススメです。冬虫夏草は肉類ととても相性が良く、薬膳ではよくスープをつくります(シンプルに煎じ薬でもよし)。
冬虫夏草はそれほど厳密には体質を選ばず、老若男女問わず飲めますが、文献にあるように、感染症のかかり始めなど「表証(※)」のあるときや、「肺に熱」があって「喀血」しているときは避けましょう。また、冬虫夏草は温性なので身体を温めます。陰虚火旺(陰が不足し、熱の勢いが旺盛)ぎみの人は、滋陰清熱薬(陰を補い、熱を冷ます)など他の薬剤と組み合わせて用いれば問題ないでしょう。
※表証……病位が「表」にあるもの。中医学では、病位の深浅を、表裏であらわし、体表部など体の浅い部分を「表」、臓器などの深い部分を「裏」とします。
中薬の「医薬品扱い」と「食品扱い」の違い
日本では「医薬品でもあり、食品でもある中薬」があります。たとえば、「ナツメ」「ハトムギ」「クコノミ」などの食品。これらを医薬品として扱う際には、「タイソウ(大棗)」「ヨクイニン(薏苡仁)」「クコシ(枸杞子)」と呼ばれます。
「ナツメ」「ハトムギ」「クコノミ」の名前で売られていても、老舗の生薬問屋さんのものは、諸々の基準値をクリアした医薬品レベルの「タイソウ」「ヨクイニン」「クコシ」でもあります。せっかく身体によいと思って摂取するのですから、生薬(中薬)を買うときには、信頼できる漢方薬局・問屋さんから購入したいですね。
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2007年
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冬虫夏草のように日本で「健康食品」扱いとされているものは、医薬品ほど規制が厳しくないため粗悪な品質のものが流通していることがあります。薬局に訪れる患者さんに正しい知識を伝えるためにも、「漢方薬・生薬認定薬剤師」や「漢方アドバイザー」などの資格を取得してみませんか?