”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 公開日:2024.07.09 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

 第104回 閉経前後の症状に悩む女性の、よくみかける中医学的な体質の例

更年期の症状は多岐に渡り、他の人や過去の自分と比べて落ち込んだり、不安になったり、さらには家族や身近な人に理解してもらえず孤独を感じたりする方も多いです。そこで今回・次回と2回連続で「閉経前後の養生」についてお話しします。前編の今回は、私が出会った患者さんたちの例を踏まえつつ、中医学における症状があらわれやすい体質について考えていきましょう。

1.漢方薬局には「閉経前後」「更年期」の悩み相談が多い

漢方薬局には、更年期の不調を訴える患者さんが非常によくいらっしゃいます。一般的に更年期は、閉経前5年+閉経後5年と言われますが、閉経前10年+閉経後10年の人もいたりして、個人差が大きいものです。
 
漢方の相談薬局では、閉経前後の悩み、いわゆる更年期の症状について相談されることが多いです。たいていの方は、ひと通りの病院をめぐってから来局されます。とおりいっぺんの対症療法に疑問や不安を抱いたり、医師などの専門家の説明を聞いても解消できなかったりして、ためにためた納得できないモヤモヤを息せき切ったように話してくださいます。
 
あるいは、もともと自然由来のものを好む方、漢方をいつか飲んでみたいと思っていたという方が、インターネットで調べたり、知人の経験談を小耳にはさんだりして、漢方薬局に相談してみようと来局されることも多いです。

2.更年期の方が抱えるモヤモヤの例

私が出会った患者さんの訴えの例をご紹介します。相談薬局では、モヤモヤや不安を大いにぶつけて発散して欲しいと思います。共通する訴えも多く、非常に鋭い「問い」ばかりです。

 

◯ 婦人科で血液検査をした結果、更年期障害であると診断された。ホルモン補充療法によって症状は軽くなると勧められたが、副作用があると知りためらっている。症状を軽減するかわりに、新たな病気の可能性を生み出すことにモヤっとする。また、更年期はエストロゲンが減っていくのが当たり前なのに、足すのは不自然に感じる。

◯ かかりつけ医に心療内科を案内されて行ってみたところ、向精神薬・抗不安薬・睡眠導入剤を処方された。ここまでの薬を本当に飲む必要があるのだろうか。飲むとかえって調子が悪い。副作用について医師に相談しても取り合ってもらえない。

◯ 今まで薬なんて飲んだことがないのに、更年期になって急に自覚症状や検査値の異常が出た。動悸には心臓の薬を、婦人科でホルモン補充療法を、甲状腺機能低下で甲状腺の薬を、さらには胃腸薬、抗不安薬や睡眠導入剤、抗アレルギー剤とステロイド剤……診療科も薬もきりがない!

◯ 若いのに更年期障害のような症状がある。医師にはAMHが低いせいなのでホルモン剤で月経を整えると言われたが、そもそもAMHが低いってなんだろう?

3.閉経前後の症状は、積み上げた結果の現れ

人の一生で見ると、更年期はいずれ通過するステージのひとつです。どんな症状があらわれるのかは、ほんとうに人によってそれぞれです。症状の有無やその軽重は、その時までの積み重ねで作られた体質が深く関与しています。ですから、自分の心身としっかり向き合う時期が来たと捉えるとよいかもしれません。
 
自分の症状がインターネットで見る更年期の症状にあてはまらなかったり、同世代の友人に聞いても症状が違ったりしますが、もともと体質的にそのタネを持っていて、更年期をきっかけに萌芽したとも言えます。
 
閉経前後のエストロゲンの減少は、気づかないくらいになだらかに減っていってくれるのが理想ですが、実際には揺らぎながら減少します。それに引きずられて、心も身体も大きく揺れます。
 
ただでさえ心身に負荷がかかる時期ですが、年齢的にパートナーとの関係の変化、子どもの心配、親の介護、仕事の負担などの悩みが重なるタイミングですから、非常にストレスフルな状態になりやすいように思います。
 
更年期の代名詞とも言えるホットフラッシュも、軽重の差がありますし、みんながみんなあるわけではありません。「若いころより暑がりになった」くらいの方もけっこういて、家では常にタンクトップに短パンだったり、首もとが開いていて風通しの良い服が好きになったり、という変化もよく聞きます。

4.閉経前後の症状に悩む女性の、よくある中医学的な体質の例

私が今までに出会った患者さんたちは、中医学的に見ると体質に偏りがあります。わざわざ漢方の相談薬局に来てくださるくらいの方たちですから、その症状は世間一般よりもやや重めかもしれません。
 
私の出会った患者さんのなかで…ではありますが、閉経前後に更年期症状に悩む女性に比較的共通してみられる中医学的な体質には、以下のようなタイプがあります。()内は中医学的な用語をまとめたもので、特に太字で記したところは次項で詳しく解説します。

 

● 腎のトラブル(肝腎不足、肝腎陰虚→陰虚火旺、腎精不足、心腎不交など。たまに腎陽虚も。)

● 肝のトラブル(肝気鬱結、肝鬱化火、肝脾不和、肝胃不和、肝火、肝熱、肝血虚など。)

● 心のトラブル(心熱、心火、心脾両虚、心の気陰両虚、血瘀など。)

● 脾のトラブル(脾気虚、脾虚湿盛、心脾両虚、肝脾不和、肝胃不和など。)

 

呼吸器系・皮膚・大腸がもともと弱い体質の人は、閉経前後に「肺のトラブル」が悪化するケースもあります。肺グループがウィークポイントの人は、閉経前後に限らず、心身に負荷がかかると症状があらわれやすい傾向にあります。

 

● 肝腎陰虚(かんじんいんきょ)

肝腎陰虚とは、肝と腎の陰が不足している状態です。陰は「オーバーヒートしないよう、身体に潤いを与える冷却水」とイメージしてください。
 
赤ちゃんは、たとえるなら水をたくさん含む水袋のように潤いたっぷりな状態です。しかし、どんなに健康であっても、歳とともにひとの身体は枯れてゆきます。潤いを失って、お肌はシワシワに、筋肉は干し肉のように…とイメージするとわかりやすいでしょう。
 
更年期世代は誰でも陰虚が進みます。歳をとると陰血不足(陰や血など身体の潤い要素の不足)が進むのは男性も同じです。粘膜・皮膚・髪が乾燥するほか、筋肉も潤いが減るので体のどこかが「つる」症状などがあらわれやすくなります。

 

● 肝気鬱結(かんきうっけつ:略して、肝鬱)・肝鬱化火(肝火・肝熱)

「肝」は精神情緒、自律神経系、蔵血、気の巡りをつかさどっています。「肝気鬱結(肝鬱)」や「肝鬱化火(肝火・肝熱)」とは、肝の気(肝気)が鬱滞・鬱結している状態のことです。精神的ストレス・緊張・不満・我慢によって、肝の気の巡りが悪くなります。「気の滞り(気滞:きたい)」ともいいます。

 
🔽 気滞について解説した記事はこちら


精神的に不安定になりやすく、イライラして怒りっぽくなったり、気分が落ち込んで憂鬱になったりします。いつも頭に考え事や悩み事があってストレスフルなため、眠れなかったり、寝ても疲れがとれなかったりする人も多いです。
 
肝鬱は、気分がスッキリして、伸び伸びとできて、ゴキゲンであれば症状は軽快していくという特徴があります。
 
精神的ストレスによって胃腸の調子が悪くなるタイプも多く、「肝脾不和(かんぴふわ)」とか「肝胃不和(かんいふわ)」と呼ばれます。ストレス・緊張により、便秘・下痢・おならが多い、胃酸逆流・ゲップ・胃痛・食欲不振などの胃腸症状があらわれるタイプです。根本的にもともと「脾気虚(ひききょ)」で消化器系が弱いことが多いです。(脾気虚は後述します)

 

● 心熱(心火)

「心熱(心火)」は、メンタルの熱のこと。これがあると、心煩(しんはん:胸がざわざわしたり、焦燥感があったりする、落ち着かない、ソワソワ)、不眠症、動悸、せっかち、短気などがあらわれることがあります。

 
🔽 心煩について解説した記事はこちら


よくもわるくも、やる気にあふれてみえるように、個人的には思います。閉経前後は若いころのような無理がきかなくなって、体調を崩して漢方薬局に駆け込む方が多いです。

 

● 心脾気血両虚(しんぴきけつりょうきょ:略して心脾両虚 しんぴりょうきょ)

心配事が多く、虚弱な方に多いです。くよくよ思い悩みやすい、精神的にも肉体的にもパワー不足、疲れやすい、不安感、心配性、動悸、不眠、多夢、中途覚醒、不正出血、ぶつけた覚えがないのにアザができやすい、舌淡嫩、脈細弱…などがあらわれます。
 
過ぎたことを思い返して一人反省会をひらくような、自責感が強い傾向にあります。

 

● 心の気陰両虚(しんのきいんりょうきょ)

精神的にも肉体的にもパワー不足、疲れやすい、動悸、呼吸が短い、自汗、口やのどのかわきなどが特徴です。

 

● 心腎不交(しんじんふこう)

動悸、健忘、不眠、心煩、足腰のだるさ(痛み)、耳鳴、口やのどのかわき、ほてり、頬が紅い、舌紅、少苔~無苔、脈細数などが特徴です。

 

● 血瘀(けつお)

「血瘀」「瘀血(おけつ)」は同じような意味で、三大症状は「痛む」「しこる」「黒ずむ」です。
 
いわゆる、血液がドロドロとよどんで流れが悪い・血流が悪い・血液循環が悪い、血栓ができやすい、血管壁が固い(もろい)などのイメージです。血糖値が高い、あるいはヘモグロビンA1Cが高くて血流が悪い状態も含まれます。
 
閉経前後の女性は、エストロゲンの減少に伴い、血管が収縮しやすくなり、コレステロール値が上昇しやすいのも関係して、血行不良が関係する症状も目立つことが多いです。

 

● 脾気虚(ひききょ)

消化器系が弱いタイプ。飲食物の消化・吸収がうまくできていない、精神的にも肉体的にもパワー不足、疲れやすい、腹部膨満、下痢もしくは泥状便または便秘、食欲減退、舌淡などが特徴です。自覚症状があまりない方もいます。

 

● 腎精不足

腎精(じんせい)は腎に貯蔵されている精のことで、いわば生命の根幹を支えているものです。腎精は、精神力・精力・生命力・免疫力・抵抗力…など、人間が健康に生きていくために必要な「○○力」とたいてい関係が深かったりします。
 
子どもに腎精不足があると、肉体的にも知能的にも発育不全となり、大人に腎精不足があると老化が早まります。
 
「いかに腎精を守るか」は、中医の養生の核心であり、中医学の永遠のテーマといっても過言ではありません。

 
🔽 腎精について解説した記事はこちら


そして、腎精は脾胃(≒消化器系)が飲食物を消化・吸収することで養われます(後天の精といいます)。つまり、“脾胃(≒消化器系)を良い状態にたもつこと”や“飲食の内容に気をつけること”=【食養生】と、腎精のあり方は密接につながっているのです。

 

5.閉経前後の養生が、熟年期につながっていく

深夜も営業しているコンビニやスーパー、冷たいお茶やジュースがいつでも買える自動販売機、スマートフォンなど、私たちの生活は便利さの上に成り立っています。しかし、夜ふかしは若い人でも腎精不足をまねき、深夜の飲食や冷たい飲料は脾胃虚弱をまねき、人工的な強い光は自律神経系やホルモンバランスを乱します。現代の便利さは、健康を根本から損なうリスクと背中合わせです。
 
閉経前後の養生の成果は、そのまま熟年期へとつながっていきます。
 
40代以降に心身の不調に悩む女性の多くは、生理痛を放置したり、あるいは、今まで不調にふたをしつつ精神的にも肉体的にも無理をして、自分に鞭打ち、不調を隠して、なんとか耐えて過ごしてきたりした方たちです。更年期は自分の心身と向き合うチャンスだと思って、しっかりご自分をいたわってください。次回は後編、実践的な更年期の養生法を解説します。

 
 
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著)、小金井 信宏 (翻訳)『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁 維健 (編集) 『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群(編集)、王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版 2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・王財源(著)『わかりやすい臨床中医臓腑学 第3版』医歯薬出版株式会社 2016年

 
 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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