薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第68回

レムデシビル、緊急承認の是非【国内初の新型コロナ治療薬】

2020年5月7日、日本国内で初の新型コロナウイルス治療薬として「レムデシビル」が特例承認されました。申請からわずか3日後という異例のスピード承認となった同薬の効果と副作用、使用リスクについて解説します。

急ぎ足の承認

本連載ではここ数回(第65回「新型コロナウイルスの新薬開発、驚異的な速度で各国が参入」、第66回「アビガン、フサン……新型コロナウイルス治療薬の最新開発動向」、第67回「新型コロナウイルス感染症の新薬・ワクチン開発状況まとめ」)、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬開発の状況を紹介しています。そうした中、この5月1日に、ギリアド・サイエンシズ社のレムデシビル(商品名ベクルリー)が、世界初のCOVID-19治療薬として米国で緊急使用許可を得るという大きなニュースがありました(薬事日報、2020年5月2日)。これはいわゆる「承認」とは異なり、緊急時であることを考慮して、エビデンスが確立するまで一時的に使用を認めるというスタンスです。今後も臨床試験による、有効性と安全性の調査は続けられます。人工呼吸器などが必要な、重篤な患者が対象で、静脈注射によって投与されます。

そして日本でも、5月4日にレムデシビルの承認申請が行われ、同7日に「特例承認」されることが決まりました。医薬の承認には1年前後の時間がかかることが普通なので、これは異例中の異例というべきスピードです。

レムデシビルは、もともと2013年に西アフリカで起こったエボラ出血熱の流行の際、その治療薬として開発された化合物です。予備的な試験では期待できる結果を与えていましたが、その後流行が終息したためもあり、エボラ出血熱治療薬としては承認に至っていません。

しかし新型コロナウイルスの流行発生後、有効な化合物を既存の医薬及び医薬候補品から探索するプロジェクトの中で、レムデシビルは最も有望なものとして浮かび上がってきました。アビガンなどと並んで各国で臨床試験が進められ、今回の承認に至ったわけです。

レムデシビルの構造

そのレムデシビルは、下のような分子構造を持ちます。複雑な構造に見えますが、「本体」となるのは枠で囲った部分です。他のパーツは体内動態を改善するために導入されたもので、吸収されると体内の酵素で切断され、本体部分が遊離します。いわゆる「プロドラッグ」と呼ばれる手法です。

レムデシビルの構造

本体部分は、RNAの構成成分であるアデノシン一リン酸の構造によく似ているため、ウイルスが間違えてこれを取り込みます。取り込まれたレムデシビル代謝物はRNAポリメラーゼを阻害してRNAの合成を妨げ、ウイルスの増殖を阻むというメカニズムです。

ただしアデノシンと異なり、リボースと核酸塩基部分の結合が炭素-炭素結合になっている上、この位置にシアノ基(-CN)が結合しています。こうした部位を持っていると、合成の難易度は格段に上昇します。このため供給にも問題がありそうだとは、先月もこの欄で書いた通りです。

緊急承認の是非

臨床試験には、米国立衛生研究所アレルギー感染症研究所(NIH/NIAID)が主導し、日本を含めた世界各国の医療機関が参加しました。きちんとした研究デザインのもと、信頼できる臨床データが出たのはこの試験が初めてであり、その意味では画期的です。

この試験では1063名の患者を半々に分け、一方にはレムデシビルを投与、もう一方にはプラセボを投与して、606名が回復した時点で予備的解析が行われました。その結果、前者は回復までの日数が平均11日であったのに対し、後者は15日となり、有意に治療期間の短縮効果があることが示されました(医療維新、2020年5月7日)。

COVID-19の感染拡大において最も恐れられているのは、多数の患者が長期間にわたって病床を占有することによる、医療崩壊が起きることです。その意味では、この程度の短縮であっても、事態の改善には寄与できると期待されます。

ただし中国で行われていた、237名の患者を対象にした臨床試験では、死亡率の有意な改善は見られなかったと報告されています(Yahoo!個人 感染症専門医・忽那賢志氏の投稿より)。この試験は途中で患者が集まらなくなったために中止されたものですので、信頼性は高くありませんが、少々期待を裏切る結果です。

また、レムデシビルの副作用としては肝障害や嘔吐などが報告されていますが、現状では詳細なデータは十分に集まっていないと考えられます。いかに緊急事態とはいえ、この状態で承認を急ぐべきであったのか――との感は拭えません。

これに関して、日本医師会COVID-19有識者会議は5月18日に発表した声明文の中で、レムデシビルなど既存薬は「医師の裁量及び患者のインフォームドコンセントにより、現時点においてもCOVID-19に対する処方は可能である」ことを指摘し、「有事だからエビデンスが不十分でも良い、ということには断じてならない」と厳しく批判しています。

このことは、臨床試験が進行中の他の医薬についてもいえることです。自然に治癒することが多いこの疾患に対し、強い副作用の懸念がある薬を使うのは、慎重の上にも慎重であるべきでしょう。

政治的なパフォーマンスのために科学が軽視され、人命を損なうような結果を招くことは、決して許されることではありません。緊急時であるからこそ腰を落ち着け、雑音に惑わされることなく、医薬の真価をよく見極めてほしいと願う次第です。

※本稿に記載の内容は2020年5月20日時点の情報をもとにしています。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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