薬にまつわるエトセトラ 公開日:2021.03.09 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第77回

小林化工の睡眠導入剤混入問題に元製薬企業研究員が思うこと

小林化工(福井県あわら市)が製造販売する経口抗真菌剤「イトラコナゾール錠」に睡眠導入剤が混入した問題は、医薬品業界に大きな衝撃を与えました。同社は116日間の業務停止と業務改善命令を通達という重い処分がくだされています。医薬品製造の信頼を揺るがすこの問題を、製薬企業で研究員として勤務していた経験のあるサイエンスライター・佐藤健太郎氏はどう見ていたのでしょうか。

混入事件発生

昨年12月、ちょっと驚くべき事件が発覚しました。福井県に本拠を置く製薬企業・小林化工が製造した抗真菌薬イトラコナゾールの錠剤9万錠に、睡眠導入剤リルマザホンが混入していたというものです。

リルマザホンの混入量は1錠あたり5ミリグラムと、1回あたりの最大投与量の2.5倍にも及びます。しかも悪いことに、リルマザホンはCYA3A4によって代謝されますが、イトラコナゾールはこのCYP3A4の作用を阻害することが知られています。つまり、ただでさえ多量に入っているリルマザホンの作用を、さらに強めてしまう組み合わせでした。

最初に異変を察知したのは岐阜県高山市の医師で、同社製イトラコナゾール錠を服用した入院患者が夕方まで眠り続けたり、外来患者が配送の仕事中に意識を失って衝突事故を起こしたりしたため、この薬が原因と気づいたということです。

その後も意識障害など150件以上の健康被害が発生し、車の運転中に意識を失って事故を起こしたケースが20件以上、死者も2名発生するという大きな被害が出ました。調査の結果、9月28日から12月3日の間に出荷された錠剤に混入が認められ、処方された患者は31都道府県の364人に及びました(Yahoo!ニュース掲載・福井新聞ONLINE、2020年12月19日)。

あまりにも悪質

その後の調査で、この事件は単なるケアレスミスや管理の甘さといったレベルのことではなく、会社ぐるみの極めて悪質なものであることが判明してきました。事故が起きた原因は、錠剤の製造中にイトラコナゾール原薬をつぎ足そうとして、誤ってリルマザホンの原薬を投入してしまったことでした(NHK NEWS WEB、2021年2月9日)。

しかし、医薬品の製造工程では厳密な手順を守る必要があり、つぎ足し自体してはならないことです(濃度が不均一になる可能性があるため)。また、製造作業は二人一組でお互いに確認をしながら進めるべきところを、一人で作業していたといいます。

こうした作業は、この社員一人の手抜きといったことではなく、会社で作成した「手順書」(GMPに適合しない、裏マニュアル的なもの)にのっとって行なわれていたことのようです。また定期検査に備えて、約40年前から虚偽の製造記録を作成していたといいますから(福井新聞ONLINE、2021年2月10日)、極めて悪質な製造体制が「社の伝統」として根付いていたわけです。

実際、事件後に行なわれた調査で、試験に適合しない恐れのある製品が多数発覚し、12月14日には全製品が出荷停止、さらにその後には多くの製品が自主回収となりました。同社に製造を委託していた企業も多くあったため、これらも回収せねばならず、騒動は業界全体を巻き込んだものになりました。

事件の影響

こうした一連の事態を受け、福井県はこの2月9日に小林化工に対し、これまでで最長となる116日間の業務停止命令を出しました(日本経済新聞、2021年2月9日)。このため、同社が製造していたジェネリック薬の代替品が必要となり、各方面に多くの混乱が生じています。また日本ジェネリック製薬協会や、日本ジェネリック医薬品・バイオシミラー学会は、小林化工の除名処分を発表しています。

薬価引き下げの圧力などもあり、ジェネリックメーカー各社の経営が圧迫されているのは事実です。とはいえ、小林化工のやったことは何一つ容認できるものではなく、しかも昨日今日に始まったものではありません。

筆者はかつて製薬業界に身を置き、様々なレベルで厳格に守られた管理体制を見てきました。そうした経験を持つ者としては、生命と健康を守る医薬という製品を製造する資格が、小林化工にあるとは思えません。いくら社長が退任し、製造工程を見直そうと、信頼は完全に失われています。業務停止程度のことではなく、この業界から退場すべきと思えます。

この件はとても現代の日本で起きたものとは思えないほどひどい一件で、業界他社ではこのようなことはない――と言いたいところですが、実は同じくジェネリックメーカーの日医工でも不適切な製造工程が摘発され、この3月に業務停止命令が下っています(NHK NEWS WEB、2021年3月3日)。業界各社は自主点検を実施するなど対策を始めていますが、何らか規制の強化などが行なわれることになるかもしれません。

コロナ禍のさなかであったためか、あまり大きく報道されませんでしたが、医薬品業界には歴史に残る大事件でした。これからも、この件は業界全体に少なからず影響を与えることと思われます。今後のなりゆきを、注視する必要がありそうです。

<参考URL>
・小林化工株式会社|新着情報

 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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