”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2024.01.17公開日:2022.02.08 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第77回 アンチエイジング&冬の養生 「クルミ(胡桃肉)」の効能

アンチエイジング効果を期待して、ナッツ類を日常的に摂るようにしている方もいらっしゃるのではないでしょうか。中医薬膳学的には、ナッツ類は滋養補益する作用があるものが比較的多く、その人の体質や状況に合えば、日々少しずつ摂取するのにとても良い食材です。
 
今回は、ナッツ類の中でも近年その効果が注目されている「クルミ」=「胡桃肉(コトウニク)」についてお話しします。

目次

1.ナッツ類は生薬として扱われるものも多い

「ナッツ」とは本来、木の実のことを指します。しかし、日本で「ナッツ」として売られているものには、木の実や種、豆類など幅広い範囲のものを含んでいるようで、「ナッツ」の定義はやや曖昧です。例えば、ピーナッツは厳密にはナッツではなく豆類に属します。
 
ナッツ類のうち松の実・黒豆・クルミなどは、生薬としても扱われます。食いしん坊の筆者の家にはひまわりの種・松の実・黒豆・クルミは常にあり、気が向いたときに食べています。クルミにすごくハマったときは、「自分で殻をむいて食べるのが一番おいしい!」と気がついてしまい、殻むき器を使って食べるのに忙しかったです。

身体に良い面があるとはいえ、ナッツ類は全般的にオイリーでカロリー高めですから、肥満だったり検査値に異常があったりする人は、食べ過ぎに注意です。筆者も時々、うっかり食べすぎて反省しています。
 
中薬(生薬)として使われるクルミは、種子の一部である仁(中身)と呼ばれる部分で、ふだん私たちが食べている部分と同じです。また、クルミの仁に張り付いている薄皮状のものは「分心木(胡桃衣・胡桃隔)」などと呼ばれ、こちらも中薬として用いられます。

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2.アンチエイジング&咳や腸燥便秘に「胡桃肉」

クルミは「胡桃肉」と書いて「コトウニク」と読みます。中薬学の教科書では、胡桃肉は陽を補う補陽薬(ほようやく)で、陽が足りない陽虚(ようきょ)を改善する薬食に分類されます。ちなみに、「補陽薬」のことを「助陽薬(じょようやく)」「温陽薬(おんようやく)」と呼ぶこともありますが、同じような意味です。
 
さらに、胡桃肉の四気五味(四性五味)が「温性・甘味」なので、「甘味」=「補う作用」、「温性」=「温める作用」ということが分かります。また、胡桃肉は特に「腎のグループ」と「肺のグループ」に作用します。これを「腎と肺に帰経する」と表現します。

補陽薬を中心に用いるのは、身体を温めるエネルギー(陽気)が不足している虚寒証(陽虚証)です。虚寒証の体質や症状を、以下の記事でおさらいしておきましょう。

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胡桃肉の効能は大きく分けて3つ。1つ目は、なんといっても、「補腎(ほじん)作用」。2つ目は、腸壁を潤して便を促す「潤腸通便(じゅんちょうつうべん)作用」。3つ目は、結石に対する「利尿排石(りにょうはいせき)作用」です。
 
順番に見ていきましょう。

(1)胡桃肉の補腎作用について

胡桃肉は「腎グループ」の弱りや衰え(=腎虚証)に対して、補う(=補腎)作用を持ちます。成長しきった大人にとって補腎とは、腎虚によるトラブルを改善するほか、「抗老防衰=アンチエイジング」も意味します。
 
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胡桃肉の3つの効能のうち「補腎作用」は内容が広く、教科書的には「(a)足腰に対する補腎作用」「(b)呼吸器系に関する補腎作用」「(c)脳に対する補腎作用」を含みます。

a.足腰に対する補腎作用
胡桃肉によって温めながら補腎することで、腎虚による足腰痛や足腰のだるさに効果があります。老化による足腰の衰えを感じたら、毎日少しずつ食べるとよいでしょう。また、若いのに腰痛持ちな人がいるように、若くても腎虚が進んでいれば膝や腰の痛みやだるさなどの症状がでることもあります。

b.呼吸器系に関する補腎作用
胡桃肉は肺腎不足(=肺腎両虚=肺と腎が弱い)で、冷えているタイプの慢性的な咳に用います。胡桃肉の渋味には、「肺気」を収斂することで、「肺気」の在り方を整えて慢性的な咳を鎮める「斂肺(れんぱい・れんはい)作用」があります。
 
後述の【使用上の注意】に「痰熱による咳嗽には使用しない方が良い」とあるように、痰熱の咳嗽(黄色~緑色の痰がでる時・そういった痰がでる咳)のときは、気をつけましょう。

c.記憶に対する補腎作用
胡桃肉と人間の身体のある部分は、見た目が似ていませんか? そう、人間の「脳」の形に非常によく似ています! 中医学には、「同類相補(どうるいそうほ)」・「以形補形(いけいほけい)」といって、「似た形・色のものを用いて、似た形・色のものを補う」という考え方があります。
 
古くから「クルミを食べると賢くなる」という言い伝えがあって、胡桃肉は「益智果」「長寿果」などの別名を持ちます。胡桃肉に関連する健脳作用について、近年西洋医学でも証明されています(論文「PC12細胞におけるアミロイドβペプチド細胞死と酸化ストレスに対するクルミ抽出物の保護効果」も発表がされています)。

その他の補腎作用
胡桃肉は「腎グループ」を補いますので足腰・脳に限らず、同じ腎グループである歯や骨、髪にも効果が期待できます。『医学衷中参西録』には、「胡桃肉は滋補肝腎し、腰疼腿痛や一切の筋骨疼痛をよく治すため、強健筋骨の要薬である。胡桃肉は補腎する作用があるため、歯牙を固め、黒髪を生やし、虚労喘嗽、気不帰元、下焦虚寒、小便頻数、女性の帯下が多い、インポテンツ、遺精などの証を治療することができる」と書かれています。

(2)胡桃肉の潤腸通便作用

胡桃肉をはじめとした木の実や種子の中薬は、そのオイリーな成分が腸壁を潤し便の滑りを良くします。そのため、潤い不足の状況や体質により、腸壁が乾燥しコロコロした便や硬い便に悩まされて便秘がち、という状態に有効です。その反対の「便がゆるい人」は胡桃肉の食べ過ぎに注意しましょう。

(3)胡桃肉の利尿排石作用

尿路結石に対して効果があり、胡桃肉と共に、金銭草(きんせんそう)・鶏内金(けいないきん)・海金砂(かいきんさ)などの他の利尿排石薬を一緒に用います。

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3. 胡桃肉の効能

ここでは中薬学の書籍で紹介されている胡桃肉の効能を見ていきましょう。胡桃肉の「肉」は、龍眼肉の「肉」と同じく可食部のことを表しています。

効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。

胡桃肉(コトウニク)

【分類】
補陽薬

【処方用名】
胡桃肉・胡桃・胡桃仁・核桃肉

【基原】
クルミ科JuglandaceaeのセイヨウグルミJuglans regia L.の成熟した核仁(食用に供する部分)

【出典】
本草綱目

【性味】
甘、温

【帰経】
腎・肺・大腸

【効能】
補腎(ほじん)、温肺(おんぱい)、潤腸(じゅんちょう)

【応用】
1.
腰痛・下肢無力に用いる。胡桃肉は補腎助陽(ほじんじょよう)・強腰膝(きょうようしつ)の効能をもつ。例えば、胡桃肉と杜仲(とちゅう)・補骨脂(ほこつし)を配合した青娥丸は、腎虚による腰痛、下肢無力、腰が重く硬い、起坐困難などの証を治療する。

2.
虚寒による喘息や咳嗽に用いる。胡桃肉は、肺を温め、喘息や咳嗽を鎮めることができる。例えば、人参胡桃湯は、胡桃肉と人参、生姜を一緒に用いたものである。
また、虚寒による喘息や咳嗽あるいは肺虚による慢性咳嗽にはひとしく、蜂蜜1㎏と胡桃肉1kgを煮込んだものに、熱湯を加えて毎日適当なときに服用する。

3.
腸燥便秘(ちょうそうべんぴ)に用いる。胡桃肉は潤腸通便することができ、老人あるいは病後の津液不足による便秘に用いる。胡桃肉単品で服用するか、或いは、火麻仁、肉蓯蓉(にくじゅよう)、当帰(とうき)などの潤腸薬(じゅんちょうやく)と配合して用いる。

4.
近年、腎結石に金銭草(きんせんそう)・鶏内金(けいないきん)・海金砂(かいきんさ)などと使用され、利尿排石(りにょうはいせき)を促進することが報告されている。

【用量・用法】
10-30g。喘息や咳嗽を鎮めるときは皮付きで用いる。潤腸通便するときは皮を去って用いる。

【使用上の注意】
陰虚火旺証、痰熱による咳嗽、泥状便のものには使用しない方が良い。
 
※【分類】【処方用名】【基原】【応用】4は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】1.2.3【用量・用法】【使用上の注意】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの

このように胡桃肉は、足腰を丈夫にしたり、健脳の効果が期待できたりするなど、補腎に優れ多くの人にとってうれしい効能を持つ薬食です。その一方で、咳・便秘・腎結石などにピンポイントに効く個性的な一面も持っています。

4.手軽なクルミの食べ方

中医学の基本的な考え方のひとつである「五行説(ごぎょうせつ)」では、季節と五臓はそれぞれに結びついており、「冬」は「腎」の季節にあたります。寒くなると腎はダメージを受けやすくなるため、冬は腎を補う養生が基本となります。

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今回紹介したクルミのほか、黒豆、黒ゴマクコの実山芋、黒米、椎茸、ブロッコリー、桑の実、カシューナッツ、栗、蓮の実、松の実、粟などが補腎作用を持つ食材です。おせち料理には、腎を補う食材がたくさん含まれていますね。

クルミはシンプルな素焼きのほか、黒糖、メープルシロップ、コショウなど、たくさんのフレーバーがあるようです。私は素焼きか生のクルミをそのまま食べています。

クルミが自分の体質や状況に合う人は、できるだけ毎日コツコツ少量を食べるとよいでしょう。続けるためには飽きないようにする工夫も大切です。いっそサプリを飲むような気持ちで、味も何も気にせず、効能のためにとにかく摂取する!という姿勢で続けるのもひとつです。
 
養生は継続が大切ではありますが、【使用上の注意】にあたる状況や暴飲暴食したときなど(つまり、湿邪・食積・熱などがあるとき)は、もともとの自分の体質に合っていたとしても現在の状況に合わないので、無理せずお休みしましょう。※食積(しょくしゃく):消化能力以上に摂取した飲食物が停滞した状態
 
ここでは、続けやすく簡単おすすめな摂取方法を紹介させて頂きます。

(1)ナッツ類とドライフルーツ類のミックスした容器をつくる

自分の体質に合うナッツ・豆類・ドライフルーツを、適当な容器にまとめて入れて、手に当たったものを食べるというルールで食べます。これは、昔、中医師の邱紅梅先生に教わった方法です。
 
筆者はどうしても好きなナッツやドライフルーツばかり食べがちなのですが、こうすることで比較的に均等に食べることができます(小さい形は下の方に行きがちですが)。私は適当にミックスナッツとクコの実ナツメ龍眼肉などを詰めています。ひまわりの種や松の実など小さいものは別容器にしています。

(2)クルミ・黒豆きなこ・黒胡麻の補腎クッキー

【黒すりゴマ・黒豆きなこ・砕いたクルミ・小麦粉・ココナッツシュガー・エキストラバージンココナッツオイル・豆乳】を原料にクッキーにします。材料全部を丈夫なビニール袋に入れて揉み、袋に入れたまま棒状に伸ばし、ハサミでビニール袋を開き、そのビニール袋の上で包丁で輪切りにします。天板にクッキングシートを引いて、クッキーを並べてオーブンで焼きます。
 
キッチンをあまり汚さずに済む、かなりズボラなクッキーです。タッパーなどに入れて冷蔵庫・冷凍庫で保存し、毎日少しずつ食べます。口の水分が奪われる系のクッキーなので、ホット豆乳と一緒に食べると美味しいです!
 
ココナッツシュガーは黒糖・粗精糖・蜂蜜・メープルシロップなどに置き換えたり、ミックスしたりすることもあります。砕いた松の実をクッキー生地に混ぜるのもおすすめです。
ぜひ、お試しください!

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参考文献:
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・南京中医学院(編)、石田秀実(監訳)『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』2014年 東洋学術出版社
・・南京中医学院(編)、石田秀実(監訳)、白杉悦雄(監訳)『現代語訳 黄帝内経霊枢 下巻』2012年 東洋学術出版社
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・田久和義隆(翻訳)、羅元愷(主編)、曽敬光(副主編)、夏桂成・徐志華・毛美蓉(編委)、張玉珍(協編)『中医薬大学全国共通教材 全訳中医婦人科学』 たにぐち書店 2014年
・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・王財源(著)『わかりやすい臨床中医臓腑学 第3版』医歯薬出版株式会社 2016年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・鄧明魯、夏洪生、段奇玉(主編)『中華食療精品』吉林科学技術出版社 1995年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2007年
・梁 晨千鶴 (著)『東方栄養新書―体質別の食生活実践マニュアル』メディカルコーン2008年
・アブハ・チャウハン(著)『・PC12 細胞においてアミロイドベータペプチドに誘発される細胞死と酸化ストレスに対するくるみ抽出物の 保護作用
 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/