
知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第125回 「小麦(ショウバク)・浮小麦(フショウバク)」の効能 コムギも立派な漢方薬!
最近は米粉やグルテンフリーが注目を集めて、小麦はなにかと敬遠されがちですが、れっきとした漢方薬のひとつです。中薬名は、小麦・浮小麦と呼ばれます。今回は、小麦・浮小麦の中医学的な効能についてお話しします。
1. 小麦・浮小麦とは?
小麦・浮小麦ともに、いわゆる小麦粉の原料である小麦(こむぎ)ですが、小麦(しょうばく)は成熟したコムギを、浮小麦は未成熟なコムギを用います。浮小麦は特に水に浮くものが良質とされるため、「浮」小麦と呼ばれます。
また、普段食す小麦(こむぎ)は主に白い胚乳部分であり、中薬として主に効能があるとされるのは表皮(ふすま・ブランと言われる)部分となります。生薬として扱う際も、見た目はコムギそのものです。
「イネ科 Gramineae のコムギ Triticum aestivum L. の種子。」
とあります。
また『中薬学』(上海科学技術出版社)によると、浮小麦は
「イネ科の一年生植物である Triticum aestivum L. の未熟な穎果。様々な地域に自生する。水洗いして浮くものが良質とされる。(筆者訳)」
とあります。
小麦・浮小麦の四気五味(四性五味)とは
中薬・食物(薬食)には、四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」と言います。小麦・浮小麦ともに「涼性」です。
■生薬や食べ物の「四気(四性)」

小麦・浮小麦の四気五味(四性五味)は「涼性、甘味」なので、次のような作用があることがわかります。また、小麦・浮小麦は「心のグループ」に作用し、これを中医学では「心経に作用する(帰経する)」と表現します。
・甘味=動きを止める→補う作用。(→よどみを生む、よどませる)
小麦は甘味+涼性による【甘寒生津】、つまり熱を冷ましつつ津液を補うニュアンスがあります。南方産が温性で北方産が涼性であり、北方産が良薬であるとされます。
また、「皮涼肉温」といって、褐色の表皮(ふすま・ブラン)の部分は清熱作用(体の熱を冷ます・メンタルの熱を冷ましてイライラなどを抑えるといった作用)が強いとされ、主に皮に薬効があるので、全体を使用する必要があります。
浮小麦にいたっては、未成熟の小麦なうえ、水に浮くぐらい胚乳(普段、私たちが食用としている白い部分)が少ないものを用います。
小麦の分類:安神薬 / 浮小麦の分類:収渋薬
小麦は「安神薬(あんしん・やく、あんじん・やく)」に分類されます。安神薬はさらに、重鎮安神薬(じゅうちん・あんじんやく)と養心安神薬(ようしん・あんじんやく)に分類され、小麦は後者の養心安神薬です。
安神薬の2つの分類については、詳しくは「第118回 「琥珀」の効能 精神安定作用&血流改善など」をご参照ください。
安神薬は補助的に用います。例えば、メンタル症状に対して、陰血不足が原因にあるなら補血薬や滋陰薬に配合する、心熱が原因なら心熱を取り除く薬に配合する、という具合です。
浮小麦は「収渋薬(しゅうじゅう・やく)」などに分類されます。「など」と書いたのは、どの中薬にも言えることですが、書物によって分類が異なることがあるからです。
収渋薬は、引き締めて渋らせて漏れ出てしまうものをせき止める薬剤です。たとえば多汗・尿漏れ・失禁・下痢など流れ過ぎるものに対して使います。収渋薬について、詳しくは「第120回 「五味子(ごみし)」の効能 漏れを止める酸味の力! 動悸、咳止、精神安定、気力・体力アップに」で解説しています。

2. 小麦・浮小麦にはどんな時に用いられるのか(使用例)
小麦には、以下のような効能があります。
・悲しくて泣きやすい傾向に:養心安神・養心除煩(ようしん・じょはん)
浮小麦には、以下のような効能があります。
・自汗・盗汗などの汗かき、骨蒸労熱に:益気(えきき、えっき)・除熱(じょねつ)・止汗(しかん)
具体的な例を見ていきましょう!
小麦:悲しくて泣きやすい傾向に(養心安神・養心除煩)
小麦は養心安神・除煩に働きます。養心安神とは心を養い精神を安定させること、また、除煩とは心煩を除くという意味です。精神不安定による焦燥感・不安感・悲しい・涙が止まらない・イライラして怒りっぽい・恍惚状態・不眠・あくびが多い…などの症候に用いられます。
特に、悲しくて泣きやすい傾向にある女性の「臓躁(ぞうそう)」といった状態に適します。
「臓躁」とは、婦女に多くみられるヒステリー様症状や発作性の精神異常のようなもので、感情の乱れが特徴です。悲しがったり、絶えず泣いたり(涙が止まらない)笑ったり、不安感・焦燥感がある、気持ちが落ち着かない、あくびが多い、イライラして怒りっぽい、恍惚状態、不眠…といった情緒の乱れがあらわれます。発作性の精神異常は月経前にもあらわれたりします。
上述の症候や悲しくて泣きやすい傾向のある婦女の臓躁に対して、炙甘草・大棗などと用いて治療します。
【方効例】甘麦大棗湯(かんばくたいそうとう)
甘麦大棗湯は「漢方のマイナートランキライザー」という別名を持ち、安神剤のなかの滋養安神剤(養心安神剤)に分類されます。おおざっぱに言えば、メンタルの熱を冷ましつつ、心に栄養をあたえて、心を包んで、気持ちを安らげる薬というイメージです。
栄養が必要なのだから、体質的に虚(=不足)があるということになります。同じく精神を安定させる効能がある理気剤とは分類が異なります。
臓躁が起きる根本原因はいろいろです。私はどちらかというと、(体質的に複雑だったり根が深かったりする場合は特に)その人にとって必要で根本的な体質改善を平時より行いつつ、甘麦大棗湯を併用あるいは屯用することが多いです。そうすると経験的に長い目で見たときに根本から治っていきやすいですし、甘麦大棗湯に含有される甘草を不用意に取り過ぎないようにするためでもあります。
浮小麦:自汗・盗汗などの汗かき、骨蒸労熱に(益気・除熱・止汗)
浮小麦は、甘味(=補う作用)によって気を補い(益気作用)、涼性によって熱を冷まし(=除熱作用)、止汗作用を持つことから、陽虚の「自汗(じかん:日中に汗をかき過ぎる)」と陰虚の「盗汗(とうかん:寝ている間に汗をかく)」の両方に用いることができます。
『衛生宝鍳』という古い中医学書には、浮小麦単品を焦げるまで炒めて、粉末にして、1回約6gを頻繁に服用して、自汗や盗汗を治療する方法が記されています。
また、浮小麦に牡蠣・麻黄根・黄耆を配合して自汗を治療します。
【方剤例】牡蠣散(ぼれいさん)
牡蠣散は、個人的に欲しいエキス顆粒剤のひとつですが、残念ながら日本にはありません。
また、浮小麦は益気・除熱・止汗作用をもつため、骨蒸労熱(こつじょう・ろうねつ)を除くことができます。「骨蒸」とは、骨から蒸されるような熱のこと(そうとしか表現しようのない熱感です)、「労熱」とは、虚労(慢性疲労・消耗性疾患)の重い状態で熱がこもっている病態を指します。
生地黄(しょうじおう)・麦門冬(ばくもんどう)・地骨皮(じこっぴ)などの養陰清虚熱薬(よういん・せいきょねつ・やく)と共に用いて治療します。
3. 小麦・浮小麦の効能を、中医学の書籍をもとに解説
ここでは中薬学の書籍で紹介されている小麦と浮小麦の効能を見ていきましょう。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
小麦(ショウバク)
【分類】
安神薬のなかの養心安神薬 『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)
【処方用名】
小麦・ショウバク。
【基原】
イネ科 Gramineae のコムギ Triticum aestivum L. の種子。『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)
成熟した小麦。『中薬学』(上海科学技術出版社)
【性味】
甘、涼。『中薬学』(上海科学技術出版社)
甘、微寒。『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)
【帰経】
心。『中薬学』(上海科学技術出版社)
心・肝。『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)
【効能】
養心除煩(ようしん・じょはん)
【応用】
悲しくて泣きやすい傾向のある婦女の臓躁に適する。例えば、甘草・小麦・大棗で組成される甘麦大棗湯は女性の臓躁の治療に用いられる。
【臨床使用の要点】
小麦は甘・微寒で、養心安神・潤肝除燥に働くので、神志失常・煩燥不安に適する。
【用量・用法】
30~60g 煎服。
浮小麦(フショウバク)
【分類】
収澀薬『中薬学』(上海科学技術出版社)
【基原】
イネ科の1年生草本植物である Triticum aestivum L. の未熟果。様々な地域に自生する。水洗いして浮くものが良質とされる。『中薬学』(上海科学技術出版社)
【性味】
甘、涼。
【帰経】
心。
【効能】
益気(えきき・えっき)、除熱(じょねつ)・止汗(しかん)。
【応用】
1. 自汗・盗汗に用いる。浮小麦は甘味で益気し、涼性により除熱することができ、止汗の効能をもち、およそ陽虚の自汗、陰虚の盗汗に用いることができる。≪衛生宝鍳≫では、浮小麦単品で、焦げるまで炒めて粉末にして、1回2銭(約6グラム)を頻繁に服用して、盗汗や虚弱による持続的な自汗を治療する。また、浮小麦に牡蠣・麻黄根・黄耆を配合した牡蠣散は体虚自汗不止を治療する。
2. 骨蒸労熱に用いる。浮小麦は益気・除熱・止汗作用をもつため、労熱を除くことができ、多くは生地黄・麦門冬・地骨皮などの養陰清虚熱薬と共に用いる。
【用量・用法】
15~30g、煎湯服。あるいは、炒して焦がして粉末にして服用する。
※【分類】【処方用名】【基原】【臨床使用の要点】【用量・用法】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より部分的に引用/【分類】【基原】【性味】【帰経】【効能】【応用】【用量・用法】は『中薬学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
小麦は養心安神薬として、焦燥感・不安・悲しい・涙が止まらないなどの情緒不安定に対し、ほかの精神安定作用を持つ中薬に配合されて用いられます。よく配合されるのは、大棗(なつめ)と炙甘草のセットですので、ほとんど食品のような配合ですが、甘草+小麦+大棗から成る甘麦大棗湯は「漢方のマイナートランキライザー」とも言われます。
浮小麦は収渋薬として止汗作用があります。気を補い(益気)、熱を除き(除熱)、止汗する作用があるため、気虚による自汗にも、陰虚による盗汗にも、骨蒸熱にも用いることができる便利な中薬です。

4. 小麦・浮小麦の注意点
小麦・浮小麦ともにコムギですので、これといって中薬としての注意点はありませんが、コムギアレルギーなど体質に合わない場合は、当然気をつけましょう。
5. 中薬としての小麦・浮小麦はどこにある?
小麦も浮小麦も、どちらもコムギですが、先述したとおり、小麦の効きの本質は皮の部分にあるため全体を利用する必要があります。
中薬としての小麦、また、小麦を含む漢方製剤は漢方薬局で入手できます。なお、浮小麦は国内大手の老舗の生薬問屋では取り扱いがありません。漢方問屋から仕入れた小麦を、自分で水に小麦を浸らせて、浮いたものを取り出して干すことになるので、なかなかやっかいで、私はやったことはありません(笑)。
近年、やや嫌われ者の感がある小麦ですが、皮ごと用いると漢方薬でもあり、かなり頼れる効能を持つという側面もあります。
ただし、小麦や浮小麦の効能が欲しくとも、体質や症状によっては、避けた方がよいこともあります。中医学の専門家に相談するとよいでしょう。
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪(著)、小金井 信宏(翻訳)『中薬の配合』東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁 維健(編集)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群(編集)、王 錦之(編集)『方剤学』上海科学技術出版社 2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・内山恵子(著)『中医診断学ノート』東洋学術出版社 2002年






