- 1.医療ICTとは
- 1-1.そもそもICTとは
- 1-2.ICTとITとの違い
- 1-3.ICTとIoTとの違い
- 2.医療ICTの重要性
- 3.医療ICTのメリット
- 3-1.業務の効率化とミスの防止
- 3-2.患者さんの待ち時間や病院の受付枠の調整が可能
- 3-3.医療情報の収集・分析・共有の簡易化
- 4.医療ICTの現状
- 4-1.電子カルテシステムとオーダリングシステムの普及状況
- 4-2.医事会計システムの普及状況
- 4-3.マイナンバーカードの普及状況
- 5.医療ICTを導入する前に確認しておきたい課題と対策
- 5-1.業務環境の整備
- 5-2.ITリテラシーとセキュリティ
- 5-3.災害発生時の対応
- 6.医療ICTの活用事例
- 6-1.施設側の負担を軽減したEHR「さどひまわりネット」
- 6-2.マイME-BYOカルテ
- 7.医療ICTの導入に備えよう
1.医療ICTとは
医療ICTとは、インターネットを使用して、患者さんと医療従事者がコミュニケーションをとりながら、医療のサポートをするための情報通信技術を指します。医療機関や介護施設などへの医療ICT導入は、人手不足にある医療機関での業務効率の向上や、地域の医療格差の解消といった医療における課題解決が期待されています。
1-1.そもそもICTとは
ICTとは、「Information and Communication Technology(情報通信技術)」の略称です。「communication(コミュニケーション)」という言葉が含まれていることからもわかるように、ICTは情報通信機器の使用そのものを指しているわけではありません。ネットワークを活用した人とのコミュニケーションを通じて、情報の発信や収集、共有をすることなど幅広い用途が含まれるのが特徴です。
1-2.ICTとITとの違い
ICTと似た言葉にITがあります。ITは「Information Technology(情報技術)」の略称で、次のようなものを指します。
▶ OSやアプリケーションといったソフトウェア
▶ Wi-Fiやインターネット、セキュリティ
ICTとITは、情報技術を活用するという意味では、ほぼ同じように使用されています。しかし、ITが「技術」そのものを指すのに対して、ICTには「communication(通信)」が含まれており、ICTは通信技術の使用方法やサービスなどを表している点が大きく異なります。
1-3.ICTとIoTとの違い
ITと同様に、IoTもICTと混同されやすい言葉ではないでしょうか。IoTとは「Internet of Things」の略称で、直訳すると「モノのインターネット」といえます。つまり、IoTはモノがインターネットにつながる技術や仕組みを指しており、例えば、お風呂の給湯器や冷蔵庫などの家電をインターネットにつなぎ、スマートフォンや音声で遠隔操作することでさらに利便性を高めるといった技術です。
ICTが人と人をつなぐことを目的としているのに対し、IoTはモノとインターネットをつなげることを目的とする点が異なります。
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2.医療ICTの重要性
少子高齢化が加速する日本では、今後ますます医療や福祉のニーズが高まり、さらなる医療費の増加が予想されます。出生率の低下から、労働人口の減少も危惧されており、医療機関においても、限られた労働力を効果的かつ効率的に活用するための仕組みが求められるようになりました。
そこで、注目されたのが医療ICTの活用です。医療ICTを活用すれば、デジタルデータや医療に関連するあらゆるシステムへの接続が可能になり、複数の医療機関で相互にデータのやり取りや収集、分析ができるようになります。その結果、医療資源の少ない地域に住んでいる患者さんでも、いつでも受診でき、処方薬を受けとることができる環境が整うでしょう。
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また、医療機関にとっては業務効率化が進み、人手不足への対策となります。加えて、デジタルデータを大量に収集・分析することで、疾病のメカニズムの解明や医療費の分析等が可能となり、今後の医療体制の発展も期待されています。
3.医療ICTのメリット
医療ICTを進めることで、次のようなメリットがあります。
2.転記ミスといったヒューマンエラーの防止
3.ネットワークシステムを活用した診療や服薬指導の実施
4.医療におけるデジタルデータの収集・分析の効率化
5.情報共有の簡易化
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
3-1.業務の効率化とミスの防止
紙カルテの場合、患者さん1人につき1冊しかない紙カルテを医療スタッフ全員で共有することになります。医療スタッフは、自身の手にカルテが届くまで、業務を進めることができないという紙カルテのデメリットがありました。
医療ICTが進めば、パソコンやタブレット等を通して、医療スタッフの誰もが同時にカルテを確認できるようになります。医師は複数の医療スタッフに対して同時に指示が出せるため、業務効率の向上につながるでしょう。カルテから転記する作業も減り、ヒューマンエラーの防止も期待できます。
3-2.患者さんの待ち時間や病院の受付枠の調整が可能
医療ICTの導入により、オンラインでの診療予約や、自宅にいながら診療や服薬指導を受ける仕組みが整えやすくなります。医療資源の少ない地域に住む患者さんにとっては、大きなメリットといえるでしょう。また、オンライン上で診療状況を管理できるため、患者さんの待ち時間の短縮につながり、医療機関は受付枠をコントロールできるといったメリットもあります。
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3-3.医療情報の収集・分析・共有の簡易化
医療ICTの活用が広がるにつれ、医療に関するデジタルデータを収集、分析、共有が簡易化されます。患者さんの治療歴を一元的かつ継続的にデータ管理できるため、医師や看護師、薬剤師などの医療スタッフの情報共有もスムーズになるでしょう。また、口頭での指示伝達によるミスの発生や、文書の作成による業務負担などが軽減される点もメリットです。加えて、治療歴に関する膨大なデータの収集により、新たな治療方法や新薬の開発など研究にも活用できます。
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4.医療ICTの現状
医療ICTにはさまざまな種類がありますが、代表的なものに、「電子カルテシステム」「オーダリングシステム」「医事会計システム」「マイナンバーカード」などがあります。厚生労働省では、これらの医療ICTについて、どの程度普及しているのかを調査しています。その結果を見てみましょう。
4-1.電子カルテシステムとオーダリングシステムの普及状況
医療機関における、2008年と2020年の電子カルテシステムとオーダリングシステムの普及状況は、以下のとおりです。
一般病院 | 病床規模 | 一般診療所 | |||
400床以上 | 200-399床 | 200床未満 | |||
2008年 | 14.2% | 38.8% | 22.7% | 8.9% | 14.7% |
2020年 | 57.2% | 91.2% | 74.8% | 48.8% | 49.9% |
一般病院 | 病床規模 | |||
400床以上 | 200-399床 | 200床未満 | ||
2008年 | 31.7% | 82.4% | 54.0% | 19.8% |
2020年 | 62.0% | 93.1% | 82.0% | 53.3% |
※一部抜粋
※一般病院は精神科病床または結核病床のみを有する病院を、一般診療所は歯科医業のみを行う診療所を除く
参考:電子カルテシステム等の普及状況の推移|厚生労働省
この調査から、医療機関の形態や病床規模によらず、いずれも普及率は増加傾向にあり、医療ICTは年々広まっていることがわかります。また、病床規模が大きくなるにつれて電子カルテシステムやオーダリングシステムといった医療ICTを導入している傾向にあり、患者数の多い医療機関ほど、紙を使用した院内での管理や医療機関とのやり取りにかかる手間を削減し、業務の効率化を図っていることがうかがえます。
4-2.医事会計システムの普及状況
医事会計システムの導入には、次のようなパターンがあります。
▶ 一体型システム(医事会計システム・電子カルテシステム)
▶ 医事会計システムと電子カルテシステムそれぞれ異なるシステム
それぞれの導入割合は次のようになっています。
医事会計システムのみ | 一体型システム | 異なるシステム | 導入していない | |
病院 | 7.5% | 37.1% | 51.1% | 4.3% |
診療所 | 41.5% | 37.1% | 7.5% | 13.7% |
歯科診療所 | 35.2% | 29.0% | 0.7% | 35.0% |
※一部抜粋
※「導入していない」の割合については、参考資料のグラフより「電子カルテシステムのみ」と「医事会計システムも電子カルテシステムも導入していない」を合わせた値を記載。
参考:日本における医療情報システムの標準化に係わる実態調査研究報告書|厚生労働省
これらのデータから、医事会計システムの導入率は、病院が95.7%、診療所が86.1%、歯科診療所が64.9%となり、多くの医療機関で医事会計システムが導入されていることがわかります。
4-3.マイナンバーカードの普及状況
厚生労働省の資料によると、マイナンバーカードの活用はあまり進んでいないようです。
病院 | 診療所 | 歯科診療所 | |
活用している活用予定がある | 8.9% | 1.7% | 3.0% |
活用していない活用予定がない | 91.1% | 98.3% | 97.0% |
歯科診療所 | 35.2% | 29.0% | 0.7% |
マイナンバーカードの活用方法として、「保険証や診察券の代わり」「医療スタッフの職員証」「オンライン資格の確認」といったケースがあげられます。現在は、保険証の代わりとしてマイナンバーカードを活用する流れがありますが、今後は診察券や職員証などにも活用されるのが一般的になるかもしれません。
参考:日本における医療情報システムの標準化に係わる実態調査研究報告書|厚生労働省
5.医療ICTを導入する前に確認しておきたい課題と対策
医療ICTにはさまざまなメリットがある一方で、課題もあります。具体的には、「業務環境の整備」「ITリテラシーとセキュリティ」「災害発生時の対応」があげられるでしょう。導入前に、それぞれのポイントと対策を理解しておきましょう。
5-1.業務環境の整備
医療ICTの活用により、紙での管理からオンライン上での管理に移行するため、業務環境が大きく変わります。システム自体に慣れる時間が必要なことはもちろん、記録を行ううえでのルールを統一したり、医療スタッフのITリテラシーについて理解を深めたりといった取り組みが必要です。
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5-2.ITリテラシーとセキュリティ
医療ICTには、情報の漏洩や紛失、改ざん、不正アクセスなどのリスクがあります。こうしたトラブルは、権限の有無に限らず悪意のある者が意図して行うケースや、コンピュータウイルスといった不正ソフトウェアによってサイバー攻撃に合うなど意図しないケースがあります。また、入力する時に使用したメモが流出したり、医療スタッフが自宅で作業するために持ち出したりといったリスクもあるでしょう。
患者さんの個人情報をネットワーク上で扱うため、医療機関としてセキュリティ対策を行わなければなりません。医療機関は、システムの運用を行う部署や担当者を選定、または外部の事業者に委託し、厚生労働省が定める「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に沿って運用することが求められます。
医療スタッフはオンラインで情報管理する際の注意点や禁止事項などをしっかりと把握し、ITリテラシーを高める必要があるでしょう。
5-3.災害発生時の対応
医療ICTは、ネットワークへのアクセスや電源の確保を前提として機能するシステムです。自然災害が起こりやすい日本では、医療ICTを導入するうえで、災害を想定した対策を行っておくことも大切です。
災害時は、通常時と比べて多くの傷病者が医療機関に殺到する可能性が高まります。そのため、災害によるシステムダウンを想定するだけでなく、システムにアクセスができる状態にあったとしても通常業務とは異なる混乱が起こることを想定した対策を考える必要があるでしょう。
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具体的には、災害時などに事業を継続するためのBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)を策定する方法があります。例えば、データのバックアップや紙での運用方法、システムが復旧した際の業務再開の手順などをまとめるだけでなく、災害時に備えて、お薬手帳の活用を患者さんへ促すことも大切な対策となるでしょう。
6.医療ICTの活用事例
地方自治体や企業では、医療ICTを活用したさまざまな取り組みが行われています。ここでは、2つの事例について紹介します。
6-1.施設側の負担を軽減したEHR「さどひまわりネット」
新潟県佐渡市は離島という立地条件に加え、住民の高齢化により、医療や介護の体制が不十分なことや、医療スタッフ不足といった課題を抱えていました。そこで、佐渡地域医療連携協議会では、施設の負担を軽減しつつ利便性の高いEHRを目指して佐渡地域医療連携ネットワーク「さどひまわりネット」を構築しました。
EHRとは、「Electric Health Record」 の略称で、電子健康記録のことです。過去の治療歴や服用歴、アレルギー歴や検査データなどをデジタル化するシステムです。
「さどひまわりネット」に参加する医療機関は、EHRを活用して患者さんの情報を共有し、連携して医療や介護のサービスが提供できるようになりました。また、患者さん個々の病歴や服用歴、アレルギー歴や副作用歴が複数の医療機関で確認できるため、服用薬や検査の重複を回避するといった効果が期待されています。
参考:さどひまわりネット – 構成・しくみ |佐渡地域医療連携ネットワーク
6-2.マイME-BYOカルテ
神奈川県では、将来的には電子カルテとPHRを連携させることを目標として、神奈川マイカルテプロジェクトを推進しています。PHRとは、「Personal Health Record」の略称で、個人健康記録を指します。病歴や服薬歴といったさまざまな施設に分散している健康情報を患者さん個人が収集・管理する仕組みです。例えば、電子お薬手帳や電子母子手帳などが、PHRに当たります。
神奈川県が提供するスマートフォンアプリケーション「マイME-BYOカルテ」は、個人の健康情報を確認でき、毎日の歩数の自動記録やお薬手帳機能、母子手帳機能などがあります。子供の予防接種のスケジュールを自動作成したり、「マイME-BYOカルテ」と連携している医療機関等での検査データや処方薬といった情報を閲覧したりすることができます。
利用者にとっては、医療に関するデータが蓄積することで病気予防や健康維持に役立ちます。医療機関にとっては、将来的に電子カルテと連携することで、患者さんの医療情報の収集が容易になるでしょう。
参考:アプリ「マイME-BYOカルテ」で未病を改善! |神奈川県
7.医療ICTの導入に備えよう
日本は少子高齢化や人口減少が続き、労働人口の減少は避けられない状況にあります。そうしたなか、人材不足を補うために、医療ICTは今後ますます普及していくことが予想されます。薬剤師は、自身のITリテラシーを高めるだけでなく、患者さんや家族にも医療ICTを取り入れるための周知活動が求められるでしょう。今後、医療ICTを活用することを前提に理解を深めておきましょう。
■ ICTを活用した「次世代型保健医療システム」の構築に向けて |厚生労働省
■ 日本における医療情報システムの標準化に係わる実態調査研究報告書|厚生労働省
■ 医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第6.0版(令和5年5月)|厚生労働省
■ 「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン 第 6.0 版」 に関するQ&A|厚生労働省
■ 平成26年版 情報通信白書|医療・ヘルスケアにおけるICT活用事例 |総務省
薬剤師ライター。2児の母。大学卒業後、調剤薬局→病院→調剤薬局と3度の転職を経験。循環器内科・小児科・内科・糖尿病科など幅広い診療科の経験を積む。2人目を出産後、仕事と子育ての両立が難しくなったことがきっかけで、Webライターとして活動開始。転職・ビジネス・栄養・美容など幅広いジャンルの記事を執筆。趣味は家庭菜園、裁縫、BBQ、キャンプ。
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