薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第57回

医薬としてのカフェイン

コーヒーやエナジードリンクなど、身近な飲料に含まれているカフェイン。「健康に良い」とも「摂取しすぎると身体に悪影響がある」とも噂される成分ですが、人体にどのような影響を与えているのでしょうか。今回は「医薬」の観点からみた「カフェイン」について考察します。

カフェインは風邪薬にも含まれている

筆者はコーヒー好きなので、毎日大きなマグカップでコーヒーを2~3杯くらいは飲んでおり、今もアイスコーヒー片手に原稿を書いています。コーヒーが切れると集中が続かなかったりもしますので、カフェイン中毒といわれてもあまり反論できそうにありません。

もちろんカフェイン好きは筆者だけではないでしょう。コーヒー、緑茶の他、紅茶、ココア、コーラ、近年流行のエナジードリンクやタピオカミルクティーに至るまで、人気のあるソフトドリンクの多くはたっぷりとカフェインを含んでいます。またチョコレートも、カフェイン及びそれによく似た成分であるテオブロミンを含んでおり、あの魅力的な味わいの一助になっています。

カフェイン研究を集成した大著「カフェイン大全」(B・A・ワインバーグ、B・K・ビーラー著、八坂書房)の冒頭には、「カフェインは、どうみてもニコチンやアルコールをはるかにしのぐ世界一ポピュラーなドラッグである」という言葉が登場します。カフェインには習慣性があり、精神に強い作用を及ぼすわけですから、まさしく「ドラッグ」に違いありません。

カフェインは、眠気、倦怠感や頭痛の軽減、血管拡張作用などを持ち、日本薬局方にも収録されている立派な医薬でもあります。市販の風邪薬にも、抗ヒスタミン剤などによる眠気を抑えるため、また頭痛への効果を見込んで、カフェインが配合されているものがあります。

こうしたカフェインの効果は、アデノシン受容体の拮抗作用によるものです。アデノシンは鎮静作用を持っていますが、その受容体にカフェインが結合することで作用を遮断し、結果として体を興奮させるという仕組みです。

カフェインと人類の歴史

人類がカフェインを用い始めたのも、医薬としてのことでした。古代中国の伝説上の皇帝で、医薬の神とされている神農が、茶の持っている作用を発見したのが始まりとされます。神農が紀元前2737年に著したとされる書物には、

「痰や胸の炎症による熱を放散する。渇きを癒し、眠気を覚ます。心を愉快にし、元気を与えてくれる」

と記されています。実際には、後世の学者たちが権威付けのために神農の名を借りて書いたものとみられますが、カフェインによる気管支の拡張、精神賦活効果などが、極めて古い時代から知られていたことは間違いありません。

前漢(紀元前206-紀元8年)の時代には、茶は医薬品としてだけではなく、嗜好品として広まり始めたと見られます。8世紀には日本にも上陸して人気を集め、やがて茶道が成立・発展してゆきます。カフェインの薬理作用は、我が国の文化や精神性に大きな影響を与えたといえるでしょう。

これに対し、カフェイン摂取の習慣がヨーロッパに伝わったのは案外遅く、チョコレートが16世紀に、茶が17世紀になってようやく上陸しています。今でこそコーヒーや紅茶はヨーロッパの文化に深く根を下ろしていますが、その歴史は東洋に比べればかなり浅いのです。

カフェインに弱い人と強い人は何が違うのか

このためか、ヨーロッパにはカフェインに弱い人が多く、日本では全く人気のないカフェインレスコーヒーに、かなりの需要があります。また、カフェインの作用には個人差も大きく、夜中にコーヒーを飲んでもあまり影響なく眠れてしまう人もいれば、少量飲んだだけで動悸がし、数日睡眠のリズムが狂ってしまうような人もいます。

これはひとつには、カフェインの代謝速度に個人差が大きいためと考えられます。カフェイン分子は3つのメチル基(-CH3)が結合しており、これが代謝酵素によってひとつひとつ切断を受け、さらに骨格が酸化を受けて尿酸へ変換されます。この代謝速度が人によって異なる上、途中でできる化合物に対する感受性にも差があるので、なかなか解明の難しい話なのです。

カフェインの摂りすぎは有害?

コーヒーが体によいとする報告は多数なされています。しかし、カフェインが薬理作用を持つ以上、過剰摂取すれば何らかの害が出るのは当然です。多くの国の保健機関は、カフェインの1日摂取量を、健康な成人なら400mg程度、妊婦では200mgに抑えるように勧告を出しています

しかし最近流行しているエナジードリンクには、1缶あたり140mgを超えるカフェインを含むものがありますから、3本も飲めばこのラインを超えてしまいます。このため、若い世代にも頭痛や頻脈などの症状を訴える「カフェイン中毒」が広がっているといいます。

先に述べたように、カフェインの感受性は個人差が大きいので、「1日○本まで」といった規制や勧告はなされていないのが現状です。また、このようにカフェインを過剰摂取した場合の他の薬物との相互作用については十分な研究がないでしょうから、この面からも注意が必要になりそうです。筆者自身も含め、「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉を、改めて肝に銘じる必要がありそうです。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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