薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第61回

血液クレンジング療法の是非を化学で紐解く

著名人がSNS等で施術を受けている様子を拡散したことに端を発し、医療関係者から批判を浴び話題となっている「血液クレンジング療法」とはどのようなものなのか? 化学の専門家が治療によって血中で生じる変化とメカニズムを解説し、治療の是非を検討します。

血液を「洗う」?

この10月中旬に、「血液クレンジング」なる言葉がツイッターでトレンド入りしました。有名芸能人がインスタグラムなどで血液クレンジング療法を受けたと報告したことがきっかけで、これを医師などが「無意味な治療法」「ニセ医学」と批判し、話題になったのです。

その血液クレンジングとはどのようなものか? まず静脈から100mlほどの血液を採取し、ここに「医療用オゾン」を混ぜて体内に戻すのだそうです。オゾンを混ぜる操作によって、ドス黒かった血液は鮮紅色に変化し、いかにもきれいになったように見えます。ただしこれは、オゾンの原料となる酸素ガスが血液中のヘモグロビンに結合しただけと考えられ、血液が「クレンジング」されたためではないでしょう。

血液クレンジングを行なっているクリニックのウェブサイトを見ると、冷え症、頭痛、低血圧、慢性疲労、高コレステロール値、高尿酸値、肝炎、慢性関節リウマチ、メタボリック症候群、頚椎捻挫、肩こり、腰痛、脳梗塞、心疾患、動脈硬化、がん予防、不妊、美白・美肌効果などなど、ほとんど万能ともいうべき効能が謳われています。1回あたり1万円から3万円程度と、決してお安い価格ではありませんが、この効能が本当なら受診したい人はいくらでもいることでしょう。

オゾンの性質

では実際のところどうなのか、ここでは化学者としての立場から、血液クレンジングについて考えてみたいと思います。ちなみに筆者は、大学院生時代にオゾンによる酸化反応を研究テーマとしていたことがありますので、この分野については専門家といってもいいと思います。

まずオゾンですが、酸素ガス中で放電を行うことなどによって生ずる、やや生臭いにおいを持った気体です。分子式はO3であり、余分な酸素原子を他の分子に押しつけて安定な酸素分子(O2)に戻ろうとするため、極めて強い酸化力を持ちます。

炭素と炭素の二重結合は、オゾンによって切断されます。このため、二重結合を持っているゴムなどは、オゾンにさらすとすぐにボロボロになります。人体の細胞膜などを構成する脂質も二重結合を持っていますので、オゾンと反応して壊され、アルデヒドや過酸化物などの有害物質を生成します。

その他、窒素や硫黄を持った化合物の多くも酸化を受けますので、タンパク質やDNAなどもオゾンによって破壊されます。というわけでオゾンは生体にとっては毒物であり、空気中0.2~0.5ppmのオゾンで視力の低下、1~2ppmで頭痛や疲労感、5~10ppmで呼吸困難を起こし、50ppmに達すると生命の危険が生じます。筆者が実験でオゾンを使う時は、気体を外部に漏らさない特殊な装置の中で、なるべくオゾンを低濃度に保ちつつ、こわごわ扱うような感じでした。

オゾンの「ホルミシス効果」なるもの

その毒物たるオゾンが、なぜ健康によいとされているのでしょうか? 血液クレンジングを行なっている医師によれば、オゾンの効能は「ホルミシス効果」によるものだといいます。体外に取り出した血液にオゾンを混ぜることで、血液成分と反応して活性酸素や過酸化脂質などが生じます。これを体内に再注入すると、有害物質を分解除去するための防御系が活性化されて、健康に寄与するという理屈です。

しかし基本的には、活性酸素や過酸化脂質は健康の敵と考えられており、わざわざこれらを注入することで副作用なく万病を治療できるという主張には、首をひねらざるを得ません。もしホルミシス効果が本当だとしても、単に活性酸素類などを体内に注入するだけの方が、正確に定量もできますし、安全性が高いはずです。体内の重要化合物を破壊してしまい、どのような物質がどれだけできるか予測しにくいオゾンを、わざわざ使う理由はないと思えます。

もちろん、メカニズムがどれだけ疑わしかろうと、結果として有効性と安全性がはっきり示されているのであれば、その治療法は使われるべきです。しかし現段階で、血液クレンジングの体系的な臨床試験は行われておらず、はっきりとしたエビデンスは示されていません。今後、よほどの証拠が示されるのでない限り、血液クレンジングは「ニセ医学」のそしりを免れないでしょう。

実のところ血液クレンジングが話題になるのは今回が初めてではなく、6~7年前にも同様に芸能人のSNSで取り上げられ、話題になったことがあります。その時にも今回同様に多くの批判がなされましたが、数年もすればこうしてまた勢いを取り戻してくるわけです。

こうした流れに抗するには、やはり信頼のおける人物からの、正しい情報の発信よりないと思われます。健康情報のプロでもある薬剤師のみなさんからの発信を、大いに期待する次第です。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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