薬にまつわるエトセトラ 公開日:2022.09.09 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第95回

新型コロナ後遺症は治せる?原因や治療法を研究結果から考える

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が続いています。ワクチンの効果などもあり、重症化率・死亡率は以前に比べて低く抑えられていますが、その一方でクローズアップされているのがコロナ後遺症の問題です。

後遺症といってもその症状は幅広く、期間も人によって様々です。世界保健機関(WHO)では、「新型コロナウイルスに罹患した人にみられ、少なくとも2カ月以上持続し、また、他の疾患による症状として説明がつかないもの」と定義しています。WHOではコロナ後遺症に対してpost COVID-19 conditionという名称を採用していますが、英語圏ではLong COVIDと呼ばれることが多いようです。

具体的な後遺症としては、疲労感・関節痛・筋肉痛・咳・息切れ・脱毛・集中力低下(ブレインフォグ)・不眠・頭痛・嗅覚及び味覚障害などなど、幅広い症状が報告されています。COVID-19自体の症状が軽く済んだ人や、無症状であった人にさえ、後遺症が現れるケースが出ています(NHK首都圏ナビ[2022年4月11日]より)。

海外での研究を見ると、COVID-19 の診断 2 カ月あるいは退院・回復後 1 カ月を経過した患者のうち、72.5%が何らかの症状を訴えていたと報告されています。国内での例としては、広島県の感染者2025人を調査した結果、後遺症が4週間以上続いたケースが34%あったということです(保健指導リソースガイドより)。

このように、定義によって数値は大きくブレますが、かなりの割合で後遺症が疑われるケースが出ており、治療を要するレベルの患者は国内だけで数十万人に上ると推定されます。

まれではありますが、1年半以上も倦怠感などの症状が続き、仕事への復帰が困難になっているようなケースもあり、問題は深刻です。米国ではコロナ後遺症のため200万~400万人が働けないでいるとの推計さえあります(THE WALL STREET JOURNAL 日本版[2022年8月25日]より)。

また、いわゆる後遺症とは異なりますが、回復後に目に見える症状はなくとも、心血管疾患や糖尿病などのリスクが増加することも報告されています。さらに、COVID-19に繰り返し感染した人は、その分ダメージが蓄積してリスクが上がるというデータも出ています(WIRED[2022年7月7日]より)。これだけ感染者が多い上に、これほどの頻度で後遺症が残る疾患は、感染症の歴史でも類例を見ません。

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後遺症の原因は何か

ではその後遺症はなぜ起きているのか?その症状の多様さを見れば、一口に後遺症といっても、一つの原因で説明できる単純な話ではないことが容易に想像されます。まだわかっていることは多くなく、いくつかの仮説が唱えられている段階です。

たとえば、コロナウイルスのスパイクタンパク質が、体内の酵素で分解されてできる断片が寄り集まると、不溶性の線維(アミロイド)を形成するという研究結果があります。これが、2型糖尿病のリスク上昇につながっている可能性が指摘されています(時事メディカル[2022年5月30日]より)。要は、ウイルスのカスがたまって病気を引き起こすのでは、というわけです。

ただ、筆者がざっと計算してみたところ、コロナウイルスのタンパク質が全てアミロイドに変わっても、その量はマイクログラムレベルのようです。これは体にそこまでのダメージを与える量なのか筆者には見当がつかず、専門の方の見解を伺いたいところです。

後遺症の原因として、多く指摘されているのは持続的な炎症の関与です。たとえば、コロナウイルスに感染したマウスの脳内では、炎症性の刺激によってミクログリアという細胞が強く反応し、これが神経細胞を「食べて」しまうことが観察されています。

また、こうしたマウスでは神経細胞を包む「さや」の役割を果たす、ミエリンの形成が低下していることも示されています。こうしたことが、いわゆる「ブレインフォグ」に結びついている可能性は十分ありそうに思えます(WIRED[2022年8月5日]より)。

その他、免疫の司令塔と呼ばれるT細胞の過剰な反応や、体内でのウイルス残存など、いくつかの説が唱えられています。

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治療法はあるのか

ではコロナ後遺症に治療法はあるのか?確立した方法は残念ながらまだなく、様々な手法が手探りで試されている段階です。

各国の研究では、ワクチン接種を受けておくことで、後遺症発現率が低下することが示されています。たとえばイタリアの研究では、未接種の感染者は41.8%に後遺症が発現したのに対し、3回接種者は16%で済んでいます(Forbes JAPAN[2022年7月24日]より)。

また、すでに後遺症を発している人に対してもワクチン接種が有効ではとの見方もあり、研究が進められています。その他、自己免疫疾患や肝炎の治療薬を応用する試みが、世界中で始まっています。

また日本でも、倦怠感やうつ症状に対する治療薬の試験が始まろうとしています。候補として考えられているのは、認知症の治療薬として有名なドネペジルです。この薬は脳内のアセチルコリン分解を防いで、その濃度を高める作用があります。このアセチルコリンが、脳内の炎症を抑制すると期待されているのです(テレ朝news[2022年7月23日]より)。

このように、コロナ後遺症に関する研究は進みつつありますが、最も有効な対策は「COVID-19にかからないこと」であるのは間違いありません。ワクチンを接種し、基本的な対策を徹底することが、結局一番の備えです。

► 【関連記事】感染症はどのように終わるのか

<参考URL>
・後遺症|東京都福祉保健局
・世田谷区がコロナ後遺症調査 無症状でも約3割に後遺症 詳しく|NHK首都圏ナビ[2022年4月11日]
・【新型コロナ】後遺症が疑われる人は34% どんな人に後遺症が出ているのか? 広島県調査|保険指導リソースガイド
・長期化するコロナ後遺症 1年後も症状を訴える人が3割以上 「解明」と「治療」の最前線は|カンテレ
・変異が続くオミクロン株。再感染によるダメージは、どれだけ蓄積するのか?:新型コロナウイルスと世界のいま(2022年6月)|WIRED[2022年7月7日]
・コロナ臓器障害にアミロイド形成が関与?|時事メディカル[2022年5月30日]
・新型コロナウイルス感染の後遺症とされる「ブレインフォグ」とは?その謎が解き明かされ始めた|WIRED[2022年8月5日]
・コロナ後遺症、ワクチンで防ぐことは可能か? 研究結果|Forbes JAPAN[2022年7月24日]

<関連記事はこちら>
・薬にまつわるエトセトラ 第79回 日本の国産ワクチン開発はなぜ出遅れてしまったのか
・薬にまつわるエトセトラ 第86回 コロナの飲み薬はゲームチェンジャーになるか?
・薬にまつわるエトセトラ 第93回 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はどのように終わるのか


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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