薬にまつわるエトセトラ 更新日:2023.03.03公開日:2022.07.12 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第93回

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はどのように終わるのか

本稿執筆時点で、COVID-19に関する新聞やテレビの報道は、一時期よりもずいぶん少なくなっています。欧米ではマスクなどの規制を撤廃した国も多く、「もはやコロナ禍は終わった」という雰囲気にも見えます。

しかしここへ来て、感染者は再び増加し始めています。BA.5と呼ばれる、新たな株による流行と見られます。大事件が続いた影響か、あまり注目されていない感もありますが、警戒すべき状況でしょう。

ではコロナ禍は今後どうなるのか?過去のデータと経験から、できる範囲で今後の展開を考えてみることにしましょう。

 

消えないコロナ

このウイルスは何度も変異を繰り返し、我々の予測を幾度となく裏切ってきました。そんな新型コロナウイルスの将来について断言できることがあるとすれば、「このウイルスが地球上から綺麗さっぱり消滅する日は、残念ながらやって来ないだろう」ということです。

以前に本連載で、粟粒熱という感染症が、ある年を境にぷっつりと姿を消したケースを紹介しました。しかしこの病気は、イギリスを中心としたごく一部で流行していたものです。世界各地にくまなく広がったコロナウイルスでは、このようなことは考えにくいでしょう。

天然痘の場合は、世界の人々にワクチン接種を進めることにより、根絶に成功しました。しかしこの病気は、誰の目にもはっきりわかる症状が必ず出るため、感染者が把握しやすい特徴がありました。

 

【関連記事】感染症はどのように終わるのか

しかしCOVID-19ではこうはいきません。世界中全ての人にワクチンを同時に接種することは実際上不可能ですし、ワクチンで感染を完全に防げるわけでもありません。

 

次のワクチンはいつ?

とすれば、我々はこのウイルスとある程度長期にわたる付き合いを覚悟しなければなりません。ワクチンを定期的に接種し、大規模な感染の拡大と重症者の増加を防ぎつつ、経済を回してゆくスタイルです。

ただし、4回目のワクチン接種では、感染防止効果はあまり高くなく、また比較的早く効果が減衰していくことが判明しています。重症化防止効果は高いので、接種に意味がないわけではないのですが、これでコロナ禍に別れを告げるというわけには行かなそうです。

ではオミクロン株に特化したワクチンはできないのでしょうか?ファイザー/ビオンテック及びモデルナの両者とも、原理的には数週間程度で製造可能としていましたが、実際には臨床試験で手間取っているようです。

モデルナ社はオミクロン株向けに改良されたワクチンを、この秋にも日本向けに供給すると発表しています(読売新聞オンライン[2022年5月27日]より)。ちょうど夏ごろには、3回目接種の効果が切れてくる人が多いと思われますので、このワクチンの効果がどの程度なのかが、今後のなりゆきを占うポイントとなりそうです。

 

新たな変異株は現れるのか

ただし問題は、これからまた新しい変異株が登場し、せっかく登場予定のオミクロン株専用ワクチンが、無用なものになってしまいかねない点です。

以前も本連載で述べた通り、変異株は全くのランダムでできてくるものなので、いつどこでどのような株が出現するかは、誰にも予測のしようがありません。

 

【関連記事】新型コロナの変異株とは?変異のメカニズムと危険性を解説

ただし、感染者が増えれば増えるほど、危険な変異株が登場する可能性は高まります。その意味でも、感染を抑制するのは重要なことです。また、現在ワクチン接種が進んでいない国の接種率を高めることも、必須の対策です。

当初の株がアルファ株に取って代わられ、さらにデルタ、オミクロンへの置換が進んだように、今後流行する株は感染力がより強い株になると考えられます。実際、流行し始めているBA.5株は、従来のオミクロン株より感染力が高まっているとの見方もあります(NHK首都圏ナビ[2022年7月7日]より)。

また、今後病原性がどう変化するかの予測はできません。病原体は、宿主を殺し尽くしてしまわぬよう、弱毒化する方向に進化するといわれたこともありますが、必ずしもそうとはいえません。実際、デルタ株までの変異は、病原性が上がる方向でした。

人類側として一番大きな希望は、効果が長続きするワクチンが今後登場することでしょう。これが実現すればずいぶん安心ですが、こうしたワクチンを狙って作る技術はまだ存在しません。

とはいえ、この2年半ほどで治療薬や医療手段なども整備されました。また人類も、いつかはワクチンなしでこの病気に立ち向かえるだけの免疫を身につけると予測されます。それまで、適切に対策を続け、しのいでいく他はありません。

結局のところ、「コロナ禍が終わった」とはっきりいえる瞬間というのはなく、「もう大丈夫だろう」という人が少しずつ増えて、徐々に忘れられていく形になるのでしょう。このまま新たな変異株が現れず、感染を気にしないですむ日が一日も早く訪れることを祈るのみです。

<参考URL>
・イスラエルの60歳以上の人々におけるBNT162b2ワクチンの3回接種に対する4回接種の短期間の相対的有効性:遡及的、試験陰性、症例対象研究(BMJ 2022 ; 377 : e071113)[2022年5月24日公開]
・米モデルナ、オミクロン対応ワクチンを今秋にも供給…「サル痘」ワクチンも開発[読売新聞オンライン、2022年5月27日]
・コロナ感染急増 オミクロン株「BA.5」感染力 症状 ワクチン効果は[NHK首都圏ナビ、2022年7月7日]

<関連記事はこちら>
・薬にまつわるエトセトラ 第79回 日本の国産ワクチン開発はなぜ出遅れてしまったのか
・薬にまつわるエトセトラ 第86回 コロナの飲み薬はゲームチェンジャーになるか?
・薬にまつわるエトセトラ 第90回 塩野義製薬のコロナ治療薬はどんな薬?ワクチンの臨床結果開発も


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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