薬にまつわるエトセトラ 公開日:2022.04.12 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第90回

塩野義製薬のコロナ治療薬はどんな薬?ワクチンの臨床試験結果も

3月21日、18都道府県に出されていた「まん延防止等充填措置」が解除となりました。プロ野球も今年はフルに観客を入れるなど、ずいぶんと警戒感はゆるみつつあります。第6波での死亡率はずいぶん低くなっているためもあり、以前ほどピリピリする必要はないと感じている人が増えているようです。

ただし、3回目のワクチン接種は4月4日時点で対象者の42.5%にとどまっており(首相官邸サイトより)、小児への接種はまだ始まったばかりです。オミクロン株より感染力が高いとされるBA.2株の拡大も始まっており、「コロナはもう終わった」と安心できる状況でもないでしょう。

塩野義の治療薬

こうした中、塩野義製薬から新たなCOVID-19治療薬とワクチンの臨床試験について発表がありました。これまで本連載でも取り上げた通り、治療薬でもワクチンでも日本勢は遅れを取ってきましたが、ここに来てようやく追いつく企業が現れました。新たな武器が加わるのは、大いに歓迎すべきことです。

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まず治療薬の方から見ていきましょう。塩野義製薬の治療薬候補S-217622は、1月31日に臨床試験の結果が発表されました(塩野義製薬プレスリリース[2022年2月7日]より)。3CLプロテアーゼという、ウイルスの増殖に必要な酵素を阻害する合成低分子医薬です。この点は先行するファイザーのニルマトレルビル(商品名パキロビッド)と同じですが、分子構造は全くの別物です。

公表された結果は臨床試験第2a相のもので、S-217622を1日1回ずつ5日間経口投与した結果、プラセボに比べて有意にウイルス力価が減少し、ウイルス力価が陰性になるまでの期間を2日間短縮したとしています。また、副作用はいずれも軽度であったということです。

これを受けて、塩野義製薬は2月25日、最終治験が完了する前に実用化を認める「条件付き早期承認制度」の適用を目指し、承認申請を行いました(塩野義製薬プレスリリース[2022年2月25日]より)。ただしこの申請には一部の医療関係者などから批判の声が上がっています。

というのは、S-217622は患者のウイルス量を減らすことは示されたものの、症状の有意な改善効果は示されなかったからです。先行するニルマトレルビルやモルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)が、入院や重症化率を大きく引き下げていることを思えば、物足りなく映ります。

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またこれに先立つ2月4日、甘利明衆院議員がこのようなツイートをしたのも、批判の要因となりました。

これを読むと、塩野義製薬が自民党の有力議員である甘利氏にロビイングを行い、早期に承認されるよう厚労省に圧力をかけさせたと解釈できます。当然ながら医薬の承認は科学的根拠に基づいて行われるべきで、これを歪める(と見えるような)行為は批判を受けても仕方のないところでしょう。そもそも「効能は他を圧して」いるとは、とうてい言い難いのも事実です。

ワクチンの臨床試験結果

一方のワクチンはどうでしょうか。塩野義製薬が採用したのは、遺伝子組み換えタンパク質ワクチンと呼ばれるタイプです。遺伝子組み換え技術を用いて生産したコロナウイルスのスパイクタンパク質を、体内に注入するというものです。

この方法では、ウイルス全体を使用するわけではないので、感染などの危険はありません。またmRNAワクチンと異なり、過去にワクチンとして使用された実績が多くありますので、ある程度効果などの見通しがつけやすいのもメリットです。

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今回発表されたのは、ファイザーのワクチンを2回接種した成人に対し、3回目のワクチンとして塩野義ワクチンを接種した結果です。この結果、接種28日後の抗体応答率はファイザーのワクチンと同等の100%を示しました(ミクスonline[2022年3月7日]より)。

また、問題となっている副反応については、頭痛・発熱・倦怠感・筋肉痛など多くの項目で、ファイザー製のワクチンより低い発生頻度となっています。現時点でのデータを見る限り、こちらは十分に効果が期待できそうです。また、mRNAワクチンと異なり、通常の冷蔵庫程度の温度で保存できると考えられますので、これも大きなメリットでしょう。

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COVID-19に関しては、治療薬開発などの取り組みを積極的に行っていない(ように見える)大手製薬企業も多く見受けられます。次々に状況が変化する上、スピード勝負では海外企業に太刀打ちできない以上、「コロナには手を出さない」という企業判断は理解できなくはありません。しかし、このパンデミックを指をくわえて眺めているだけなのであれば、ふだん高らかに謳っている企業の社会的使命とやらはいったい何なのか、と言いたくもなります。

そうした中で、塩野義製薬は研究者の8割をCOVID-19関連に投入するという、思い切ったシフトを敷いています(日本経済新聞[2021年11月11日]より)。前述のように、同社のやり方には批判も集まっていますが、この歴史的パンデミックに正面から取り組む姿勢そのものは、高く評価されるべきと思います。批判は批判として受け止めつつ、今後も塩野義製薬には大いに頑張ってほしいと思う次第です。

<参考文献・URL>
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬S-217622の第2/3相臨床試験Phase 2a partの結果について|塩野義製薬
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)治療薬S-217622の国内における製造販売承認申請について|塩野義製薬

※本稿に記載の内容は2022年4月4日時点の情報をもとにしています。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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