知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
患者さんから受ける漢方薬にまつわる素朴な疑問は、一般的な薬剤師さんからしても「そういえば?」と思うものがあるようです。前回に続き、そんな疑問にお答えします。ほかにも素朴な疑問がありましたら、お知らせください。
Q1、漢方薬は剤型によって違いはありますか?(煎じ薬・エキス顆粒・錠剤・丸剤など)
A1、製造方法だけでなく、いろんな違いがあります。
剤型の違いの前に、まずは基本的な用語をおさえておきましょう。ふだん耳にしていても、きちんと説明できないことは多いものです。基本的な意味を理解しておくと、今後、中医学を学ぶ上できっと役に立ちます。
生薬(しょうやく)の原料は、植物・鉱物・動物など幅が広い
漢方薬は、いくつかの生薬の組み合わせでできています(1種類=単味で成る漢方薬もあります)。生薬の原料は植物(根・草・茎・枝・つる・幹・樹皮・花・種など)・鉱物・貝殻・動物・人間(胎盤・髪の毛・尿など)・虫など、本当にさまざまです。日本では生薬と言うことが多いですが、中国(中医学)では「中薬(ちゅうやく)」と呼びます。
生薬として使いやすいように原料は刻まれており、根っこなどを輪切りにしたものは「◯切(まるぎり)」、刻んだものは「刻(こく・きざみ)」、ナツメや龍眼肉のような、カットなしのそのままの形状は「生(しょう)」「全形」などと呼びます。一般的には野生品の方が、効能が高く、価格も高いです。
また、「薬草(やくそう)」とは、薬用に用いる「薬用植物」の総称です。言い換えれば、「中薬(生薬)のなかの植物部門」は薬草ということになります。さらに言えば、「薬草」と言われていても、日本の法律上、「クスリ(医薬品)」とは限りません。医薬品なのか、食品なのか、その両方が存在するのかは、また別の話になります。薬草の「ドクダミ(十薬)」がいい例ですので、ご興味ある方は第89回の「5.十薬の注意点と蒲公英を含むエキス顆粒剤」をご参照ください。
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「漢方薬」は、日本独自の呼び方
実は、漢方薬は日本独自の言い方です。江戸時代に伝わった“オランダ医学”を「蘭方」、“中国から伝わった医学(中国伝統医学=略して中医学)”を「漢方(中国・漢の国)」と呼び、その薬を日本では漢方薬と呼んできたのです。
ですから、中医学発祥の地である中国では、漢方とか漢方薬とは言いません。中医学の処方を学ぶ学問は「方剤学」です。日本でも漢方薬のことを、単に処方や方剤と呼ぶことがありますね。日本で中医学の方剤学を学ぶ際に最低限そろえておくべき基本の書籍は、記事の最後に参考文献として載せていますので、興味のある方はご参考にしてください。
また、似たような用語に「和漢薬(わかんやく)」や「民間薬(みんかんやく)」というものがあります。前者は、日本の風土の中で用いられてきた生薬(和薬)や、中医学を日本人の体質や風土にあわせて発展させた処方を指して使うことが多いようです。後者は、文字どおり、民間療法でつかわれる薬草・生薬のことです。
剤型①:煎じ薬(せんじやく・せんじぐすり)
煎じ薬とは、生薬や漢方薬に水を加えてコトコト煮出して(=煎じて)スープ状にしたものです。湯液、湯薬、煎剤とも言います。煎じ薬は常温で放置するとあっという間に傷むので、冷蔵庫に保管の上、1日以内に飲み切ります。冷え性の人・胃腸虚弱の人などは、飲む前には温め直して飲むのが基本です。
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剤型②:粉薬(エキス顆粒剤 / 散剤)
粉薬はおおまかに「エキス顆粒剤」と「散剤」に分かれます。
「エキス顆粒剤」は、漢方薬を煎じた汁から水分を抜いて、賦形剤を加えて固形・顆粒にしたものです。インスタントコーヒーのイメージに近いかもしれません。そのほかに、添加物や滑沢剤などが入れられます。ほぼ無添加で製造しているメーカーもあります。しかし、その分、湿気やすく、扱いにくいといった不便さもあります。
散剤(散薬)は、生薬をうんと細かく砕いて粉末状(これを原末と呼びます)にして、組み合わせたものです。便利なエキス顆粒剤があるのに、あえて散薬を選ぶケースは、どんな時でしょうか?
たとえば、「四逆散」や「香蘇散」などの、気を巡らせる漢方薬(理気剤)は、その芳香自体が効能を担っています。そのため、香りがしっかりある原末が選ばれます。また、理気剤以外でも、経験的に散薬のほうが、やけに効きが良い処方もあったりします。
散剤は小麦粉のようにふわふわ・バフバフしています。その点でエキス顆粒剤よりも扱いにくいですが、上記のように効能上のメリットがあり、さらに価格が比較的安いこともうれしいポイントです。
剤型③:丸剤(蠟皮丸 / 丸剤(狭義))
日本において丸剤は、主に丸剤(狭義)と蠟皮丸(ろうひがん)とに分けられます。日本で丸剤というと、丸剤(狭義)を指すことが一般的です。丸剤(狭義)は直径4〜6mmくらいの黒くて硬い粒で、1日16〜27錠くらい飲みます。
「蝋皮丸(ろうひがん)」は、大きさによって「大蜜丸(だいみつがん)」「小蜜丸」と呼ばれます。直径1.5〜2cmくらい、黒〜こげ茶色のあんこ玉みたいな見た目で、粘土くらいの硬さです。原末を蜂蜜で練り、蝋(ロウ)で包まれているため、添加物なしでも長期間保存が可能です。
「蠟皮丸」は噛んで食べても、熱湯で溶かして飲んでも、また、飲みやすいサイズに切って丸飲みしてもよいです。かじって、唾液と混ぜてよーく嚙み砕いてから飲み込み、最後に温かいお湯を飲むのが一番効きがよいと思います。
古来の丸剤は、原末を固めて丸めて作られていました。しかし、現代の丸剤(狭義)は、エキス顆粒を固めたもの、エキス顆粒と原末をミックスしたもの、古来の製法を踏襲したものが混在しています。それぞれの製法は賛否両論ありますが、結局のところ、効能に差があるのか・どの製法が優れているのかはよく分かりません。
ちなみに私の知る限りでは、蠟皮丸はどのメーカーも昔ながらの「原末をハチミツなどで固める製法」で作られ続けています。蠟皮丸はすこし飲みにくいですが、薬効において小粒の丸剤より優れています。
剤型④:錠剤・カプセル剤(原末系 / エキス顆粒系)
錠剤は一般的な錠剤のことですが、漢方薬は西洋薬よりもサイズが大きい傾向です。以下の3タイプがあります。
B.エキス顆粒を錠剤にするタイプ(賦形剤は必ず入る)
C.生薬の原末とエキス顆粒を混合して錠剤(エキス錠)にするタイプ(賦形剤は必ず入る)
A.生薬の原末を錠剤にするタイプは、たいていのメーカーで賦形剤を入れずに打錠して錠剤化しています。1日量(1日分の投与量)に入っている生薬量は少ないものの、錠剤の中では比較的効きが良い印象があります(特に理気剤)。
B.エキス顆粒を錠剤にするタイプ(エキス錠)は、エキス顆粒剤(粉)よりも含有生薬量がたいてい少ないため、エキス顆粒剤より効きが劣る傾向があります。その分、1日分あたりの価格はエキス顆粒よりも安いことが多いです。しかし、原生薬換算してエキス顆粒剤(粉)と同等の生薬量を摂取しようとすると錠数が多くなり、結果としてエキス顆粒剤(粉)より値段が高くなります。
錠剤でしか服用できないといった事情がなければ、エキス顆粒剤の方がおすすめなことが多いですが、非常に濃い成分で錠剤を作るメーカーもありますし、錠剤しか製品化されていないパターンもありますので、一概には言えません。
カプセル剤は一般的なカプセルですが、若干サイズが大きめのことが多いです。
剤型⑤:シロップ剤
シロップ剤は抽出液を濃縮して水あめ状にしたものです。砂糖や黒糖などを加えて飲みやすく調味するほか、防腐性を高める目的もあります。日本では、当帰や阿膠を含むシロップ剤や亀鹿二仙膠などがシロップ剤にあたります。
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剤型⑥:軟膏
ゴマ油・蜜蝋(みつろう)・豚脂などを熱した中に生薬を入れて抽出し、冷やして固めたもの。日本では、華岡青洲先生がつくった「紫雲膏(しうんこう)」や「中黄膏(ちゅうおうこう)」が有名です。
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Q2、漢方薬を飲むならどの剤型がおすすめですか?
A2、効き目が優れているのは「煎じ薬」。続けやすさの観点から自分に合ったものを選ぶことも大事。
剤型にはさまざまな種類があること分かったかと思います。それでは、たくさんある剤型の中からどの剤型を選ぶのが良いのでしょうか。
効き目で選ぶなら、断然、「煎じ薬」
結局のところ、効きの面で優れているのは、断然「煎じ薬」です。生薬をコトコト煮出すという、大昔から行っていた方法が最も良く効きます。時代遅れにも感じる煎じ薬が、現代においても世界中で残り続ける理由です。
ちなみに、実は日本よりも欧米の方が生薬の消費量は断然多いのです。中国の中薬にとって欧米は大きなマーケットであり、対して日本は非常に小さいです。
さらに煎じ薬は、配合生薬を足したり引いたりできるので、完全オーダーメイドの薬が作れます。おそらく地球上で最も古く、かつ、地球上のどんな最先端の薬よりも、細かい調整が可能なオーダーメイド薬でしょう。また、煎じる時の芳香(アロマ)も、鼻の粘膜から吸収されたり、脳に働きかけたりして効果を発揮します。
「どの剤型が良いか」よりも、「続られるのはどれか」を優先する
とはいえ、煎じ薬に固執する必要はありません。長期的な体質改善であれば「毎日コツコツ続ける」ことが第一優先ですから、自分が続けられる剤型を選んだり、ライフスタイルに合わせて併用したりするといいでしょう。
・生理痛が主訴:
普段はエキス顆粒剤とシロップ剤で、生理中だけ丸剤・錠剤を追加する
・皮膚病:
症状が強いときは煎じ薬で、落ち着いたら粉薬にする
・そのほか:
普段は煎じ薬を作り、忙しいときは粉薬にする
原末そのままの服用が推奨される生薬もある
田七人参や牛黄などのように、煎じずに原末を服用した方が良いとされる生薬もあります(田七人参や牛黄は製造の段階で加熱されています)。非常に貴重で高価なため、他の生薬と混ぜてしまうともったいないというのもあります。
私の個人的な感覚も含みますが、一般的に効きの良さは、以下のようなイメージです。
次回は漢方薬のメーカーにより効き方の違いについて、漢方薬局での20年近くの経験を経ての正直な話をします(保険調剤経験もあります)。お楽しみに!
参考文献:
・小金井信宏(著) 『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著), 小金井 信宏 (翻訳) 『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・三浦於菟(著)『東洋医学の未病思想』日本未病システム学会 雑誌10(1):25-28,2004年
・小池一男(著)『漢方の世界へようこそ』第63回東邦大学薬学部公開講座プログラムテーマ:『漢方、サプリメント&ハーブで健やかに』2017年
・『中薬大辞典』上海科学技術出版社 小学館
・満量処方とは?|北日本製薬株式会社