医療

制吐剤のエビデンス発信‐薬剤師主導、世界初の成果

薬+読 編集部からのコメント

癌専門誌「Annals of Oncology」に、抗癌剤治療による吐き気や嘔吐の副作用を軽減する制吐剤「パロノセトロン」の有効性を検証した多施設共同第III相試験「TRIPLE」の研究成果が掲載されました。抗癌剤治療による吐き気や嘔吐を、既存薬のグラニセトロンよりも軽減できることを世界で初めて証明した研究結果です。

調製工夫で盲検化も実現

鈴木氏
鈴木氏

 

抗癌剤治療による吐き気や嘔吐の副作用を軽減する制吐剤「パロノセトロン」の有効性を検証するため、薬剤師主導で実施した多施設共同第III相試験「TRIPLE」の研究成果が、癌専門誌「Annals of Oncology」に掲載された。パロノセトロンは、既存薬より薬価が5倍程度高いにもかかわらず、標準的な3剤併用制吐療法に用いる科学的根拠が乏しかった。今回、抗癌剤の投与開始後、数日間続く吐き気や嘔吐を既存薬のグラニセトロンよりも軽減できることを世界で初めて証明し、薬剤師主導の臨床研究でエビデンスを発信する大きな成果を得た。事務局を担当したがん研有明病院薬剤部の鈴木賢一副薬剤部長は、「支持療法や副作用の研究は薬剤師が力を発揮できる部分。TRIPLE試験のネットワークを生かし、支持療法の質を高めていく研究などを引き続き進めていきたい」と意気込みを語る。


 

肺癌や胃癌などの化学療法でよく用いられる「シスプラチン」レジメンは、ほとんどの患者に吐き気や嘔吐が見られる催吐性の高い治療法で、日本癌治療学会のガイドラインでは、副作用を予防するため、セロトニン受容体拮抗薬、ニューロキニン1受容体拮抗薬、デキサメタゾンの3剤併用療法が推奨されている。2010年には、セロトニン受容体拮抗薬の新薬として、長時間作用型のパロノセトロンが発売されたが、既存薬のグラニセトロンに比べて薬価が5倍程度高いにもかかわらず、臨床的に敢えて使用するだけのエビデンスは乏しかった。

 

そこで、鈴木氏らは、吐き気の強いシスプラチンレジメンが施行される予定の患者を対象に、3剤併用制吐療法におけるパロノセトロンの有効性を検証するため、多施設共同第III相試験「TRIPLE」を計画。全国20施設の薬剤師が中心となり、シスプラチン投与開始後120時間までのグラニセトロン群、パロノセトロン群の嘔吐完全抑制率(CR率)を主要評価項目に、目標登録数840例の二重盲検無作為化比較試験として開始した。

 

その結果、全期間のCR率を見ると、パロノセトロン群が65.7%、グラニセトロン群が59.1%と、主要評価項目で統計学的な優越性は示されなかったものの、シスプラチン投与開始後24時間までの急性期のCR率はパロノセトロン群、グラニセトロン群ともに91.8%と良好な成績が得られた。一方、シスプラチン投与開始後24時間以降の遅発期のCR率を見ると、パロノセトロン群67.2%、グラニセトロン群59.1%と、パロノセトロン群で有意にCR率が高い結果が示された。

 

3剤併用制吐療法において、セロトニン受容体拮抗薬は、グラニセトロンよりもパロノセトロンを用いた方が嘔吐を8.1%改善するエビデンスが得られたことになる。鈴木氏は「もともと遅発期は成績が悪く、3~4日経っても嘔吐が治まらない患者さんは多い。今回の試験では男性が4分の3を占め、比較的高齢者が多い患者背景だった。つまり、悪心・嘔吐のリスクが低く、イベント自体が少ないと考えられる対象群であることを考慮すると、遅発期の改善率は臨床的に意義のあるデータだと思う」と強調。「治療は1日で終わることなく、4~6回繰り返されることを考慮すると、QOLを維持して予定の治療を完遂することにもつながる」との考えを示す。

 

忘れてはならないのが、TRIPLE試験は医師や統計専門家の絶大な協力を得た上で、薬剤師が臨床研究の計画、組み入れから症状評価、記録までを一貫して実施したのが大きな特徴。得意とする無菌調製の工夫により二重盲検化の手法も生み出し、医師、看護師、患者、会計担当者を含め完全に盲検化された状態で質の高い臨床研究を実現した。

 

今回の経験を踏まえ、鈴木氏は「臨床研究に関わることは、癌専門薬剤師の一つの目標にできるのではないか。ただ認定を取って薬の説明をしたり、患者さんと向き合うだけではいけないと思う。治療方法を改善し、質を向上させるための新しいデータを発信しなければ、医師や他の医療職から認めてもらえない」と実感を話している。

 

その上で、薬剤師が主導して臨床研究を行うためには「ネットワークの構築と資金調達、臨床的な意義のあるデザインがポイント」と鈴木氏。「TRIPLE試験が論文化され、しっかりできることが証明できた」と自信を示す。TRIPLE試験は、当初2年間を予定していたが、わずか半年で登録を終えることができた。それだけ薬剤師が堅実な仕事を行ったことの証でもある。

 

今後もTRIPLE試験のネットワークを生かし、制吐剤が効く人、効かない人を判別するため、抗癌剤の代謝酵素などを調べる個別化医療の研究を進めていく考えだ。さらに、3剤併用制吐療法に抗精神病薬オランザピンを上乗せした場合の日本人データを得るための研究や支持療法の医療経済に関する研究もTRIPLE試験に参加した薬剤師が発案し、準備が進められている。TRIPLE試験によって、薬剤師主導の臨床研究に一層の弾みがつきそうだ。

  • 薬剤師のための休日転職相談会
  • 薬剤師の転職・求人・募集はマイナビ薬剤師/5年連続満足度NO.1

<完全無料>転職やキャリアのご相談はマイナビ薬剤師へ

出典:薬事日報

ページトップへ