”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 公開日:2024.04.09 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

 第101回 「丁香(丁子・クローブ)」の効能 お腹の冷えによる
しゃっくり・吐き気・食欲不振に

ちいさなクギのような形をした「クローブ」というスパイスを見たことはありますか? クローブは「丁子(チョウジ)」とも言われる、薬でも食べ物でもある「はざま的存在の中薬」のひとつで、中医学では「丁香(チョウコウ)」と呼びます。今回は、中医学的な丁香(丁子・クローブ)の効能や使われ方を紹介しましょう。

1.丁香(丁子・クローブ)のはたらき

クローブは、世界の人々を魅了してきた4大スパイス(胡椒・ナツメグ・クローブ・シナモン)のうちのひとつです。濃厚な甘い香りと、苦いような辛味があり、肉料理やカレーに、チャイやホットワインに、はたまたケーキやクッキーにと、幅広いお料理に使われます。
 
クローブが使われた歴史は古く、中国やインド(アーユルヴェーダ)では医療にも用いられてきました。王様に謁見する際の口臭対策として口に含んだり、エジプトではクローブの強い殺菌作用からミイラ作りに使われたりもしました。日本の正倉院にも御物として保管されたそうですよ。

中医学において、丁香(丁子・クローブ)は「温裏散寒薬(おんり・さんかん・やく)」に分類されます。わかりやすくするために、漢字を分解してみましょう。

 

● 「温」→「温める」
● 「裏」→「内臓」
● 「散」→「散らす」
● 「寒」→「冷え」

 

つまりは「その辛味と温かみにより、内臓を温めて、寒邪(かんじゃ:冷えの邪気)を、温めつつ発散する(体外へ追い出す)薬物」ということです。
 
「温裏散寒薬」は他の呼び方があって、「散寒薬」「祛寒薬(きょかんやく)」「温裏薬」「温裏祛寒薬」などとも言われますが、どれも同じような意味です。
 
丁香(丁子・クローブ)や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」と言います。丁香(丁子・クローブ)は「温性」です。

 

■生薬や食べ物の「四気(四性)」 

生薬や食べ物の「四気(四性)」

丁香(丁子・クローブ)の四気五味(四性五味)は「温性、辛味」なので、次のような作用があることがわかります。

 

● 温性=温かい性質・温める性質。
● 辛味=通(つう:通す)、散(さん:散らす)のイメージ。

 

また、丁香(丁子・クローブ)は「脾・胃・腎のグループ」に作用し、これを中医学では「脾経・胃経・腎経に作用する(帰経する)」と表現します。(文献によっては、肺・胃・脾・腎に帰経とあり)

2.丁香(丁子・クローブ)はどんな時に用いられるのか(使用例)

丁香(丁子・クローブ)の代表的な使用例を紹介します。具体的な例を見ていきましょう!

 

(1) しゃっくり・吐き気・嘔吐・下痢・食欲がない等の症状に
(2) 腎陽不足によるインポテンツ・陰部や下腹部の冷え・帯下に

 

(1) しゃっくり・吐き気・嘔吐・下痢・食欲がない等の症状に

ひとのからだは、健康な状態では“脾の気は上向き”に、“胃の気は下向き”にはたらきますが、異常・病的だとその逆になります。胃の気が逆向き、つまり上向きになると、しゃっくり(吃逆)・吐き気・嘔吐・食欲がないなどの症状があらわれます
 
丁香(丁子・クローブ)はその辛味と温かみ(温性)で、お腹を温めて、寒邪(かんじゃ)=冷えを発散させて追い払います。逆向きになってしまった気の向きを元の方向に降ろす作用(降逆・こうぎゃく)に優れているため、「胃寒(いかん:胃の冷え)による、しゃっくり(吃逆)・吐き気・嘔吐・食欲がないなどの症状」に、他の生薬と合わせて用いられます
 
胃が冷えてしゃっくりが止まらない時の代表処方は、「丁香柿蔕湯(ちょうこうしていとう)」です。材料はなんと! 柿のヘタ(柿蔕)と丁香(丁子・クローブ)と人参(朝鮮人参)と生姜のたった4味です。
 
🔽 生姜の効能について解説した記事はこちら

 

(2) 腎陽不足によるインポテンツ・陰部や下腹部の冷え・帯下に

丁香(丁子・クローブ)はまた、腎陽虚(じんようきょ:腎の陽が不足していること)による陽萎(ようい:インポテンツ)・足の弱り・帯下(オリモノ)が多い・陰部や下腹部の冷えなどの症状に、他の生薬と共に用いられます
 
腎に貯蔵されている陰(いん)と陽(よう)は、全身の陰陽の根本と言われます。陰は、清らかな潤い、必要な潤いのこと。オーバーヒートしないように冷却水のような役目ももつイメージです。一方で、陽はからだ全体を温めるパワー・炎のこと。全身の代謝を推し進めるイメージです。
 
腎に貯蔵されている陰陽は、五臓六腑・からだ全体に配られます。「腎の陽が足りない」とは、「からだ全体を温めるのに必要な火が足りない(火力が弱い)」ということです。したがって、冷えの症状のほか、足腰が弱くなる・足腰が冷えて痛む・透明でサラサラしたオリモノが多い(火力が弱いので、何かと水がダブつく)・陰部や下腹部が冷える(冷えて痛む)などの症状があらわれます。こういった状況に、丁香(丁子・クローブ)は他の生薬と組み合わせて用います。

 

丁香(丁子・クローブ)の効能

 

 

3.丁香(丁子・クローブ)の効能を、中医学の書籍をもとに解説

ここでは中薬学の書籍で紹介されている丁香の効能を見ていきましょう。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。

丁香(チョウコウ)

【分類】
温裏散寒薬

【処方用名】
丁香・公丁番・丁字・丁子・チョウジ

【基原】
フトモモ科 Myrtaceaeのチョウジノキ
Seygin aromalice MERR, et PERRYの花番

【性味】
辛、温

【帰経】
脾・胃・腎

【効能】
(1) 温中降逆(おんちゅう・こうぎゃく)
胃寒(いかん)の吃逆(きつぎゃく)・嘔吐に、柿蔕(してい)・人参(にんじん)・半夏(はんげ)・生姜(しょうきょう)などと用いる。
方剤例)柿蔕湯(していとう)・丁香柿蔕湯(ちょうこうしていとう)

脾胃虚寒(ひいきょかん)の食欲がない・食べられない・悪心・嘔吐・下痢などの症候には、砂仁(しゃじん・しゃにん)・白朮(びゃくじゅつ)などと使用する。
方剤例)丁香散(ちょうこうさん)

(2) 下気止痛(かき・しつう)
奔豚気逆(ほんとん・きぎゃく)による胸腹疼痛に、五味子(ごみし)・莪朮(がじゅつ)などと用いる。
胃寒の上腹部痛に、半夏(はんげ)・陳皮(ちんぴ)・白朮(びゃくじゅつ)などと使用する。
※すなわちヘルニアなどの下腹部疼痛には、附子(ぶし)・川楝子(せんれんし)・小茴香(しょうういきょう)などと用いる。
方剤例)丁香楝実丸(ちょうこうれんじつがん)

(3) 温腎助陽(おんじん・じょよう)
腎陽虚(じんようきょ)のインポテンツ・陰部の冷え・帯下などの症候に、附子(ぶし)・肉桂(にっけい)・小茴香(しょうういきょう)・巴戟天(はげきてん)などと用いる。

【用量】
1~3g。煎服。

 
※【分類】【処方用名】【性味】【効能と応用】【参考】【用量】【使用上の注意】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より部分的に引用(【臨床使用の要点】【使用上の注意】は省略しています)。
【帰経】は、『高等医薬院教材 中薬学(上海科学技術出版社)』より部分的に引用。

 

丁香(丁子・クローブ)はその温性と辛味で、身体を温め発散します。その発散力により、寒邪を外に追い出します。また、お腹を温めて、しゃっくり・吐き気・嘔吐を止めます。そのほか、お腹が冷えているせいで水がダブついている状況(透明でサラサラの量が多いオリモノ・下痢)を、辛味で寒邪を追い払い、辛味と温熱性により体内を乾燥させることで解消します。

4.丁香(丁子・クローブ)の注意点

丁香(丁子・クローブ)は、「温燥性(温かくて乾燥させる性質)」をもつことから、「熱証(ねつしょう)」には注意が必要です。ここでいう熱は、中医学の意味する“熱”です。その熱が虚熱であっても実熱であっても、熱があれば(熱証であれば)、丁香(丁子・クローブ)でますます熱を足して乾燥(≒脱水傾向)させてしまいますから、気をつけましょう。

 
🔽 熱証について解説した記事はこちら

 

 

一般的に「ハーブ・スパイスはからだに良い」というイメージがありますよね。寒熱の偏りのない体質で、通常の使用範囲内なら、その理解・感覚でよいように思います。そこまで神経質にならなくてよいのですが、丁香(丁子・クローブ)をはじめハーブ・スパイスは、体質・状況によっては、使い方や量を間違えれば弊害があることをお知らせしておきます。
 
『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)の【使用上の注意】に、「(丁香は)温燥性であるから、熱証には禁忌。」とあります。からだを温めて体内を乾燥させるため、度が過ぎれば「傷陰(しょういん)=潤いを傷つけて損なう」、「助火(じょか)=不必要な火を増やす」恐れがあるということです。
 
上記は多くの「辛味・温熱性のスパイス」に当てはまる注意事項です。丁香(丁子・クローブ)のほかにも、唐辛子・桂皮(≒シナモン)・ヒハツ・乾姜・胡椒・小茴香・山椒などが相当します。もちろん、ハバネロなどの激辛系も「辛味・大熱性」ですし、激辛でなくても香りの強いスパイス類はわりと「辛味・温熱性」に分類されます。(中医学の「辛味」は「辛い」の意味だけでなく、「香り」のニュアンスも含みます)
 
特に、「陰虚(いんきょ)=清らかな潤い不足」「陰虚火旺(いんきょ・かおう)=潤い不足のせいで相対的に火が生まれている人」は、もともと体内が乾燥して枯れている上に、なにかと火がともりやすい体質です。上述の香辛料類は乾燥や熱を生みますから、陰虚(乾燥)も熱も悪化させますので、摂り過ぎに気をつけましょう。
 
同じ理由で、赤く炎症・化膿しているような皮膚病や、そこまでいかなくとも赤みのある皮膚トラブルのある人は、辛熱性・辛温性の薬食(薬物や食事)によって、悪化するリスクが高いので注意が必要です。例えば、唐辛子などの辛味で温熱性の香辛料類(上述)、にんにく・長ネギ・玉ねぎ・ニラ・らっきょうなどの辛味のある野菜類などは控えるとよいでしょう。

5.丁香(丁子・クローブ)を食事に摂り入れるには

クローブはホールや粉末状になったものが販売されていて、スーパーの香辛料売り場はもちろん、漢方薬局でも手に入ります。脾胃虚弱の人(≒消化器系の弱い人)は、丁香+なつめ、丁香+山芋類のように、脾胃の働きを補う薬食と組み合わせて用いるとよいでしょう。

 
🔽 なつめの効能・レシピ・食べ方などを解説した記事はこちら

 
🔽 山芋の効能・レシピ・食べ方などを解説した記事はこちら

 

私の家では、焼き豚(豚肉の塊肉)には、いつもクローブが突き刺さっていました。幼い私は、味も匂いも見た目も(全部。笑)、実はちょっと苦手でした。母によると臭み取りと香りづけのためとのことで、確かに、刺さっている場所は香りが強過ぎて苦手でしたが、離れた部位は良い香りだったと記憶しています。なんとも異国情緒ただよう香りです。
 
大人になると味覚が変わるなぁと最近つくづく思うのですが…、好きなものの中に、意外とクローブが含まれていることに気がつきます。寒い時期やお腹が冷えている時に、じょうずにクローブを活用してみてください。

 
 
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著)、小金井 信宏 (翻訳)『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁 維健 (編集) 『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群(編集)、王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版 2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年

 
 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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