薬にまつわるエトセトラ 公開日:2026.09.02 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第143回

湿布が使われているのは日本だけ?その起源や歴史・文化とは

日本では、捻挫や打撲などの痛みから、肩こりなどに至るまで、湿布という形態の薬剤が非常によく用いられます。筆者も、以前に肉離れを起こした時などにお世話になりました。
 
しかし欧米では、湿布剤というものはほとんど用いられません。肌に貼るタイプの医薬として、パッチ製剤が用いられることはありますが、日本の湿布ほど一般的ではありません。
 
なぜ日本で湿布という文化が発達したのか、歴史的なところも含めて見てゆきましょう。

 

湿布の起源

先ほど、湿布は欧米ではあまり使われないと述べましたが、それらしいものがまったくなかったわけではありません。湿布の起源は、古代ギリシャにあるといわれます。
 
ギリシャでは、古代オリンピックが開催されるなどスポーツが盛んであり、けがも多く起きていました。そこで「医学の父」「医聖」と呼ばれたギリシャのヒポクラテスは、患部を冷やしたり温めたりする、罨法(あんぽう)と呼ばれる施術を行っていました。
 
ここでは、動物の皮や肉、泥、木の葉などを肌に貼り付ける方法が行われました。さらにヒポクラテスは、ヤナギの樹皮などの生薬を練り込み、患部に貼る方法を開発したのです。
 
ご存知の通り、ヤナギはサリチル酸を含んでおり、鎮痛作用を持っています。つまりヒポクラテスの方法は、サリチル酸メチルなどを用いる現代の湿布の原型といって差し支えなさそうです。
 
ただしこの後ヒポクラテスの後継者は現れず、湿布はあまりヨーロッパでは普及しませんでした。

 

アジアの湿布文化

一方、中国でも湿布に近い形の医薬は考案されていました。薬草を煎じて作った薬を、松脂(まつやに)やニカワ、植物油などと混ぜて布に塗り、傷口に貼るといった使い方がなされたようです。まさに、現在でいうパップ剤の先祖というべきものが、かなり古くから使われていたわけです。
 
こうしたタイプの薬は「膏薬(こうやく)」の名で呼ばれました。「膏」の字は油脂を意味しますので、膏薬という言葉は「あぶらぐすり」を全般に指す言葉でしたが、やがて皮膚に貼るタイプの薬を指すように変化していきました。あぶらぐすりの方には、軟膏という言葉が充てられるようになってゆきます。
 
こうした膏薬は、日本にも入ってきました。日本最古の医学書である「医心方(いしんほう)」(984年成立)には、「生地黄(しょうじおう)」という植物を使った湿布の製法が記されています。
 
余談ながら、この医心方の編さん者である丹波康頼(912~995年)は代々続く医家の家系の生まれで、その子孫には東京帝国大学教授や日本薬剤師会会長を務めた丹波敬三(1854~1927年)がいます。明治期に普及した「太乙膏(たいつこう)」は、彼の指導のもとに製造されたものです。なお丹波敬三は、俳優の丹波哲郎(1922~2006年)の祖父に当たる人物でもあります。
 
参考:おくすり博物館 今は昔 売薬歴史シリーズ 18 太乙膏|北多摩薬剤師会
 
江戸時代には、各種の膏薬が皮膚病の外用薬などとしても広く用いられました。世界初の麻酔薬を開発したことで有名な華岡青洲(1760~1835年)は、中国から伝わった製法に改良を加えて「紫雲膏(しうんこう)」「中黄膏(ちゅうおうこう)」を開発しました。これらは、湿疹・かぶれ・外傷の治療薬として、今なお息長く販売されています(ただし、現在は軟膏として販売)。
 
この他、「硬膏(こうこう)」という製剤もありました。蜜蝋(みつろう)などを基剤としたもので、常温では硬い状態ですが、温めると柔らかくなるので、これを布に塗って皮膚に貼るというものでした。今でいう、テープ剤またはプラスター剤の先祖といえるかもしれません。

 

泥状パップ剤から成形パップ剤へ

昭和初めには、カオリン(陶器製作に使う白い鉱物)を用いた泥状のパップ剤が米国で開発され、日本薬局方にも収載されました。ただしこれは、自分で布に塗り伸ばして肌に貼る必要があり、ちょっと手間のかかるものでした。
 
1970年代になって、布と薬剤が一体として製品化されたパップ剤が登場し、これが一気に広まりました。サリチル酸などの鎮痛剤が配合されたもの、メントールが添加されて清涼感のあるものなども開発され、肩こりや打ち身などに対する定番の商品となってゆきます。
 
現在では、肘などに貼ってもよく伸びて剥がれないもの、服の下に貼っても目立たないものなど、さらに製品は洗練され、最も身近な医薬の一つになっています。
 
一方、欧米ではいわゆるパッチ製剤はあるものの、日本のように湿布が広く普及することはありませんでした。外傷には、ゲルやクリームなどの製剤が一般的に用いられます。
 
これは、日本のような膏薬の伝統がヨーロッパにはなかったことが大きそうです。実際、中国や韓国など東アジアでもよく用いられているので、歴史的に湿布という形を見慣れていることが影響しているのでしょう。
 
もう一ついえば、欧米には体毛が濃い人が多いので湿布が貼り付きにくく、剥がす時には痛いといった事情も関係しているのかもしれません。このあたりも含め、湿布という剤形は、薬という文化を考える上でなかなか面白い事例であると思えます。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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