薬にまつわるエトセトラ 公開日:2026.10.07 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第144回

GLP-1薬は“注射”から“飲み薬”に?オルホルグリプロン(ファウンダヨ)とは

現代の医薬品業界を席巻している薬といったとき、真っ先に名前が挙がるのはGLP-1受容体作動薬でしょう。もともとは糖尿病の治療薬として開発されましたが、臨床試験の過程で体重減少効果があることが判明。インフルエンサーらによってその効果が喧伝され、大ブームとなりました。
 
セマグルチド(糖尿病治療薬としての商品名はオゼンピック、肥満症治療薬としての商品名はウゴービ)やチルゼパチド(同じくマンジャロ、ゼップバウンド)が、GLP-1受容体作動薬(チルゼパチドはGIP/GLP-1受容体作動薬)の代表的なものです。今やその市場規模は600億ドルを超え、史上最大級の医薬となっています。
 
ただこれらの薬の泣き所は、皮下注射による投与をしなければならない点です。セマグルチド、チルゼパチドともペプチド構造であるため、経口投与では消化酵素によってすぐさま分解されてしまいます。このため自分の手で注射して投与せねばならず、この点は大きなネックでした。
 
一応、特殊な吸収促進剤を配合することで、セマグルチドを経口投与化した医薬(商品名リベルサス)はあります。しかし吸収率は1%前後に過ぎず、朝の空腹時に少量の水で飲むなどの厳格な服薬ルールがあります。また、体重減少効果は皮下注射に比べて、だいぶ劣ることが知られています。
 
こうしたこともあり、経口投与可能で効果の高い体重減少薬が強く求められていました。優れた効果と服用の手軽さを兼ね備えた薬が登場すれば、それこそがこの超巨大市場を制することは間違いありません。

 

オルホルグリプロン登場

そしてこのほど、その経口投与可能なGLP-1受容体作動薬が、2026年4月1日に米国FDAで承認を受けました。中外製薬が創出した化合物で、米イーライリリー社が全世界での開発・販売権を保有しています。商品名は「Foundayo」(ファウンダヨ)と決まりました。日本ではまだ承認には至っておらず、現在審査が行われている最中です。
 
オルホルグリプロンはペプチド性ではなく、いわゆる低分子医薬の範疇(はんちゅう)に入る構造です。ただし分子量883とサイズはかなり大きく、元研究者としてはこれでよく体内に吸収されるものだなと思ってしまいます。
 
オルホルグリプロンは胃腸での分解を受けにくいので、食事の影響などを気にせず、好きなタイミングで服用することが可能です。この点は、リベルサスに比べた場合の大きなメリットといえるでしょう。
 
肝心の効能の方はどうでしょうか。同じ72週時点での体重減少を見るとオルホルグリプロン36mg投与群では11.2%の体重減少が見られました(プラセボは2.1%)。一方、セマグルチド2.4mg投与群では13.7%、チルゼパチド10/15mg投与群では20.2%の体重減少となっていますから、数字だけ見れば効き目はかなりマイルドということになります。
 
参考:Orforglipron, an Oral Small-Molecule GLP-1 Receptor Agonist for Obesity Treatment – PubMed
 
これと別の使い方の試験も行われています。セマグルチドやチルゼパチドで減量を行った場合、投薬をやめるとすぐリバウンドしてしまうことが問題となっていました。しかし、セマグルチドで減量した後、オルホルグリプロンに切り替えた患者は、体重増加が平均約0.9kgに抑えられていました。同じくチルゼパチドの場合では、約5kgの体重増が見られています。
 
参考:GLP-1減量薬、注射剤から経口剤移行でも効果持続=イーライリリー|ロイター
 
つまり、セマグルチドやチルゼパチドで減量した後、服薬が簡単なオルホルグリプロンに切り替えて、体重をうまく保っていくという使い方が可能になります。
 
実際、セマグルチドやチルゼパチドによる肥満症治療を行った人の半数以上が、1年以内に治療を中断しているというデータもあります。もちろん、費用負担や副作用などによる中断が多いのですが、自己注射という投与形態も障害になっていることは間違いないでしょう。
 
ある程度体重を減らした後は、錠剤を1錠飲むだけでよいなら、ずいぶん治療のハードルも下がりそうです。オルホルグリプロンは冷蔵保存なども不要ですので、旅行などの際にも簡単に服用できる点も、大きなメリットでしょう。
 
逆にいえば、気楽に服用可能であるだけに、美容目的での過剰使用、他人への譲渡などが増えてしまう可能性はありそうです。この点は、今後注意喚起をしっかりと行うべきところでしょう。

 

経口GLP-1薬の扉

オルホルグリプロンの売上についてはいろいろ前評判がありますが、今の段階では予測がつけにくいというのが正直なところでしょう。というのは、他社も経口GLP-1受容体作動薬の開発を進めており、今後続々とライバルが登場しそうであるからです。
 
たとえば米ストラクチャー・セラピューティクス社の経口GLP-1受容体作動薬アレニグリプロンは、72週間の投与で最大16.2%の体重減少効果があったということです。これはセマグルチドを上回る数字であり、承認されればかなり市場を奪う可能性もありそうです。
 
その意味では、オルホルグリプロンの登場が、GLP-1受容体作動薬という超巨大市場に新しい局面をもたらしたともいえるでしょう。続々と市場に投入されるであろうこれら新薬は、今後しばらくの製薬業界の方向性さえ左右する、大きな波になりそうです。

🔽 GLP-1受容体作動薬について解説した記事はこちら


患者さんへの対応から
実務に役立つ知識まで
すべて無料で視聴可能!
\薬剤師のスキルアップにおすすめ/

 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。